よろしく…。
× × ×
有望な新入生が加入したんです。
・重度の声優オタクの幸拳矢(みゆき けんや)
・アニメソング大好き和田成清(わだ なりきよ)
とくに、このふたりは定着してくれている。
――話が合うのが、なにより素晴らしい。
幸拳矢とはいくらでも声優談義ができるし、和田成清とはいくらでもアニソン談義ができる。
オタクでよかったかも。
…学生会館に入り、エレベーターのボタンを押し、期待に胸を弾ませる。
拳矢がいたら、声優談義が存分にできるなあ。富田美憂や楠木ともりよりも年下世代の女性声優について、意見を交わしたい。
成清がいたら、アニソン談義が存分にできるなあ。ALI PROJECTの比較的マイナーなアニメ主題歌の話がしたいよ。
ワクワクしながら、5階でエレベーターを降りた。
ワクワクしながら、サークル部屋へとまっしぐらに進む。
しかし……拳矢も成清も、居なかった。
激しくしぼむ、オタクの期待。
× × ×
非常にヤバいことに、大井町さんとふたりっきり状態になっている。
大井町侑(おおいまち ゆう)さん……。
見てくれが良かったり、ソフトボールが巧いのはいいんだけど、かなりサディスティックな性格で。
貴重な同学年女子の羽田愛さんに対して、なぜか攻撃的で。
そしてなぜか、俺にまで、しょっちゅう攻撃的な態度をとってくるのだ。
大井町さん……きょうは、怒っちゃイヤだよ?
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不穏さ混じりの静寂のなか、俺は植田まさし先生の4コマ漫画を読んでいた。
さすがの切れ味。さすがの植田まさし先生である。
きらら系4コマも捨てがたいが、植田まさし4コマもやはり、素晴らしい。
読売新聞は『コボちゃん』だけ読むほど、俺は巨匠・植田まさしの信徒なのである……。
……単行本を閉じると、大井町さんと視線が合った。
呆れ顔めいた彼女の顔。
……ヤバいのか。
俺、植田4コマを読みながら、ニヤついたりしていたんだろうか。
不安を感じた次の瞬間、彼女が口を開いた。
「ほんとうに面白そうに読むわね」
不穏しかない彼女のことば…。
「…新田くんって、漫画読むの大好きね。漫画家志望と言っておきながら、描かずにひたすら読んでばっかり」
ひえええ……。
「この際、ハッキリ言うけど。新田くんには、生産性がない」
ひええええっ。
「もう入学してから1年過ぎてるのに――あなた、なんにもできてないじゃないの」
苛烈すぎる彼女のことば。
胃が焼けるように痛くなる……!
「そういえば。
あなた、部屋でよくノートを出してるけれど」
「ノートって……漫画のアイデアのための……ノートのこと?」
「それよ」
イラつき気味に彼女は、
「新田くんは…どうやら、漫画を描くより、ノートにアイデアを書き散らすほうがお得意みたいね」
ううぅ。
何回罵倒されれば、俺は許されるんだ……!?
張り詰めた静寂が下りる。
……俺は。
俺は、大井町さんの罵倒でへろへろくんになりながらも……苦し紛れの意地で。
「なんにもできてないって、きみは言うけど」
「……なによ。突っかかってくるつもりなの? 事実を言ったのよ、わたしは」
「きみのほうは……どうなの?」
「どうなの、って」
「絵本作家志望なんでしょ……きみ。絵本、描いてるの? 描いて、公募の賞に応募したりとか――」
揺さぶった、つもりなのに、
彼女の顔に、浮かぶ、笑み。
なぜ、そこまで、不敵な笑みを浮かべてるんだ……と、戸惑いの度がどんどん強くなっていく。
混乱で、なにも言えない俺。
そこに、
だれかがドアを開ける音、という名の――「福音」。
幸拳矢と和田成清のふたりが入室してきたのだ。
「拳矢……。成清……。」
「新田先輩!? なんか、泣き顔っぽくありません!?」と拳矢。
「……だいじょうぶっすか!?」と、成清も気遣ってくる。
俺は精一杯に言う。
「拳矢。2000年代生まれの女性声優の話……しような。
成清。アリプロのマイナー楽曲の話……しような、『怪物王女』のエンディングテーマとか」