【愛の◯◯】ビデオテープ・ビデオデッキ狂騒曲

 

「なんか……きょうのおねーさん、いちだんとお肌に潤いがあるというか」

「えっ!?

 あすかちゃんどうしてわかるの」

「なんとなくです。

 でもきょうのおねーさんは、いつにもまして、美人ですね」

 

そう言われると、うれしいけど。

ほんとにそうかなあ。

だけど――、

「あすかちゃんがそう思うのなら、」

「なら、?」

「それはきっと、

 あすかちゃんのおかげだよ」

 

キョトンとしている、あすかちゃん。

わたしのことばが唐突だったから、無理もないか。

 

 

× × ×

 

わたしの学校のOGである小泉さんが、お邸にやってきた。

 

「羽田さんの着てる服、なんだかフワフワしてて、かわいいね」

「かえって子どもっぽく見えませんか?」

「そんなことないよ、かわいくて似合ってるよ」

「小泉さんの服も似合ってますよ」

「そう…かなあ……」と、身だしなみを確認するように、小泉さんは自分で自分の服を眺め回す。

「オシャレですね」

「うれしいな、そう言ってくれると。――着てくる服選ぶのに、すごく時間がかかっちゃって。約束の時間に遅れるところだった」

 

「あの、それで小泉さん――八木さんから、事情をお聞きしました」

「うん。

 八木がいなかったら、わたしここに来てない」

なぜか哀愁のようなものを帯びている小泉さんの眼。

少し……無理してるのかも。

「小泉さん。わたし小泉さんに元気を出してほしいです」

苦笑いして、小泉さんは沈黙する。

「ビデオテープ……でしたっけ?」

「そう、VHSね。ちゃんと持ってきたよ」と、彼女はカバンをぽんぽんと叩く。

「質問があります」

「なんですか羽田さん」

「VHS、って、いったいなんなんですか?」

彼女は、高い天井を見上げて、

「――知らないよねえ、そりゃあ」

「わたし、この邸(いえ)にお世話になる前…つまり両親と暮らしていたときですけど…もうすでにビデオデッキなんてなくって」

「ハードディスクだったんだね」

「そうです、ハードディスクレコーダー

「その前の時代がビデオデッキで、VHSっていう規格が主流だったんだけどね」

「規格、ですか」

「そう、それでVHSが主流になるに至るまでには、長い歴史があって――、

 このこと話してると、日が暮れちゃうから、いまは説明しない」

「エッ、語ってくれてもいいんですよ?」

「ウンザリするでしょ」

「好きなことについてしゃべってると、元気になるでしょう?」

「……ほんとにいいの?? わたしのしゃべり、止まらなくなるよ」

「受けとめますから」

 

少し悩むような素振りを見せて、小泉さんはおもむろに語り始めた。

「そもそも、『録画』っていうものの歴史っていうのはね――」

 

 

 

× × ×

 

 

「――だからソニーは、めずらしく負け組になったんだよ」

 

『お~い』

 

「アツマくん、小泉さんがせっかくわたしに語ってくれてるんだから割り込まないでよっ」

「だって…おまえらいつまでも話し込んでるんだから」

小泉さん!! ビデオテープの話、すっごくすっごく面白いですよ!!

照れ顔になる小泉さん。

 

「ビデオデッキなら、もうテレビの近くに置いてやったぞ」

「アツマくん場の雰囲気読めない」

「あのなあ……」

「テレビってどのテレビよ」

「でかいテレビ」

「ばっかじゃないの!? 大きいテレビが何台あると思ってるの、このお邸」

「いちばんでかいテレビだよ!!」

「どこにあるテレビがいちばん大きかったっけ?」

「こ、こんにゃろ……」

 

わたしたちのやり取りを面白そうに面白そうに眺めていた小泉さんが、

「握りこぶし作らなくてもいいじゃん、戸部くん」

とアツマくんを軽~くたしなめる。

「そうだよね、こんなに広いお邸だったら、テレビいっぱいあるよねえ」

「住んでみますか?」

「突拍子もないこと言うな、愛」

「…遠慮しとく」

「ほ、ほら小泉さんが真面目にとらえちゃってるだろ? いきなり住んでみますか、とか…」

「…だって、こんなにテレビがいっぱいあったら、過剰にテレビに寄っかかっちゃう…」

「小泉さん。わたし弟が高校に入ったんですけど」

「突然話題を変えるなっ」

「弟にも、小泉さんのお話を聴かせたいです」

「弟さんもここに住んでるの?」

「はい。今いますよ、利比古って言うんですけど」

「へぇ~~~」

「ビデオデッキのほうが利比古より先だろ? なぁ」

「アツマくんの言う通りね」

「じゃあはやく小泉さんの持ってきたビデオテープ再生しようや」

「そのあとで利比古ですね」

「おれの顔を見ろ」

「アツマくん、ビデオデッキ置いただけで、接続はまだなんでしょ」

「小泉さんじゃなくておれの顔見て言えっ!!!」

 

とたんに小泉さんが笑い出してしまった。

笑いが、しばらく止まらない。

元気と明るさを――今なら、彼女は取り戻せそうだ。

ひとしきり笑って、小泉さんは言う。

「戸部くん、ビデオデッキの『つなぎかた』が、わからないんだね」

「あいにく、な」

「じゃ、わたしが教えてあげる。

 行こうよ羽田さん、いちばんでっかいテレビのところに」

「よかったね!! 小泉さん、すごく親切だよ、感謝してアツマくん!!」

「そもそも…ビデオテープっつったって、なにを見せられるんだおれたち」

「小泉さんがわざわざ持ってきてくれたビデオの内容にケチつけるつもりだったの!? 信じらんない」

「いかがわしいものじゃないんだろうな」

思わず、そこらへんにあった新聞紙を丸めて、アツマくんの頭をパーン、とはたいた。

呆れたように小泉さんが笑う。

「いかがわしいものじゃないよ。

 いかがわしいのもたくさんあるけど、ちゃんとしたのもたくさんあるんだよ……。

 テレビに限った話じゃなく」

 

含蓄のあることば。

さすが小泉さん。

さすがわたしの先輩。

完全復活だ。