「葉山がLINEをよこしてきやがった。例によって、お馬さん関連だ」
アツマくんが言う。
「ダービーのことでしょ?」
「あー」
「センパイ、なんて送ってきたの、見せてよ」
『シャフリヤールの、単勝1点勝負!』
「……どういう意味かわかるか? 愛」
「1番人気や2番人気が本命じゃない、ってことはわかるけど……」
…とりあえず、お邸(やしき)でとっているスポーツ新聞で、
ダービーの出走馬について調べた。
なるほど、シャフリヤールは、これぐらいの人気なのね。
単勝って、1着じゃないと、当たらないのよね。
シャフリヤールが勝ったら――リターン、大きいな。
センパイ、大儲けじゃないの。
「葉山の狙い、無謀っぽくねーか?」
「そんなこと言わないの! 競馬中継観て、センパイの大勝負を見届けてあげようよ」
「見届けるって…」
「競馬っていえばダービー、なんだしさ」
「…わかったよ」
合意を形成したあとで、ふたりして野球面を読む。
「巨人はソフトバンクと、とことん相性が悪いんだなぁ。
「引き分けだったけど、オースティンのホームラン出たし、わたしはポジティブよ」
「へぇ」
「きょうはなにがなんでも勝つから」
「…出た、愛の根拠のない自信」
「うるさい!」
「はいはい。」
「ベイスターズの、必勝祈願も込めて…」
「?」
「キャッチボール、するわよ」
「?」
「『?』じゃないわよ。アツマくん、わたしがどんなサークルに入ってると思ってるの!?」
「惜しいけど……逆。」
× × ×
そんなこんなで、なしくずし的にキャッチボールを始めた。
お邸(やしき)のお庭でキャッチボールができるから、ありがたい。
「…どう? わたしの投球にも、磨きがかかったでしょ」
「たしかに。だが…」
ボールを投げ返すアツマくんは、
「磨かれてるけど、磨き切れてない。つまり、もっとよくなる」
「……辛口ね」
力を込めて、わたしは速球を投げる。
少しコントロールが悪く、アツマくんからボールが逸(そ)れ気味になるが、
そこは、彼の守備範囲の広さ……である。
「よっと」
軽快に、コントロール悪いわたしの速球を、キャッチする。
どれだけ反射神経がいいの。
彼は微笑(わら)って、
「球は速かったけど、コントロールが犠牲になってた。やっぱりまだまだだな」
「り、力(りき)んでたのっ」
強がるわたしに、山なりのゆるいボールを返してくるアツマくん。
「――アツマくんさ」
こちらも、ゆるいボールを投げ返しながら、
「たしか――変化球、投げれたよね」
ぽす、とわたしの送球をキャッチした彼は、
「変化球ってほどのもんじゃないよ」
「えー? 前に、投げてたじゃないの、スライダーとか」
「スライダーなんて、投げたか?」
おぼえてないのが、うらめしく、
「…なんでもいいから、変化球、投げてくれないかしら」
「…変化球モドキみたいなのでも、いいんか?」
「投げてよっ。とにかくっ」
「…ゴーインだなぁ、いくつになったって」
× × ×
「やっぱりスライダー、投げれたんじゃん」
「スライダーモドキにすぎんよ」
「もっとじぶんの持ち球(だま)に自信持って」
「持って、どーするんだ」
「……草野球チームとか、入る気ないの?」
「まったくない」
「『宝の持ち腐れ』ってことば、知ってる?」
「はじめて知った」
「……あのねえ」
「ま、いいや。
アツマくんがスライダー投げてくれたんだし、
お礼に…お昼ごはん、作ってあげるから」
「うおっ」
「テレビでも視(み)てて、待っててよ」
さっさとキッチンに向かうわたし、
だったのだが、
アツマくんが、背後から、
「おれも――手伝うの、ダメか?」
「え、えっ、どういう風の吹き回し」
「テレビ視てても退屈だし。
足手まといに…ならなければ」
わたしがなんと言っていいかわからなくなっていると、
「『合作(がっさく)料理』とまではいかなくても――おれを、アシスタントにしてくれや」
「――なんできょうに限って、料理手伝う気まんまんなの」
「手を動かしたいんだ」
「なにか、きっかけが??」
「いや。なんとなく。手を……動かしたい気分」
……気まぐれな。
けれど……アシスタントになってくれると、助かるのは、事実。
「……あなたのエプロン、取ってくる」
「え!? おれ用のエプロン、作ってくれてたんか!!」
「秘密裏(ひみつり)に」
「ありがてぇ~」
「……」
× × ×
食後。
アツマくんが、料理の手を貸してくれたお礼に、
即席ピアノコンサートを開いているわたし。
もちろん、
アツマくんのためだけの……即席コンサート。
1曲弾き終えたわたしに、
「ずいぶんアクロバティックな演奏だったな。組曲、みたいなやつか?」
「……レッド・ツェッペリンの曲をごちゃまぜにして、適当にアレンジして、メドレー仕立てにしただけ」
「それを組曲っていうんじゃないのか」
「言わないでしょ、たぶん」
「そうなのか。…ま、どーでもいーや」
「…ホメてくれないの?」
「ホメるぞ。いくらでも」
彼は、イジワルな笑顔になって、
「どういうふうに、ホメてほしいか」
「ふっ、フツーに、さ、素晴らしかった~、とか、言ってくれたら、わたしはそれで…満足」
「素晴らしかった~、とは、おれは、言わない」
「じゃ、じゃあなんて言う気なのっ!?」
「聴いてるだけで、幸せだった。
幸せな気分だった」
アツマくん……。
「なんだよー、愛。ビックリさせるようなこと、言ったつもりはないぞ?」
「……ビックリは、してない。
でも、気恥ずかしく、なっちゃった」
「ええ~っ」
「むやみに言っちゃダメだよ、アツマくん……そういう、『決めゼリフ』は」
「そうかもな」
「!?!?」
「だが、言っちまったもんは、仕方ない」
「フツーにホメてくれるだけでいいのに、飛躍するんだから……」
「口下手で、ごめんな」
「……あなたのそういう、口下手なところ、」
「お?」
「わたしを、気恥ずかしくさせちゃうんだけど……、
そんな口下手が、好きでもある」
「…好き、って」
「口下手だけど好き、というか。
口下手だから好き、というか」
「…ふ~~ん」
「――『幸せだ』とか、そういうホメかたされたら、ますます好きになっちゃうじゃない。…大好きになっちゃう」
「『だれ』のことを?」
「ひとりしか――いないでしょっ!!」