【愛の◯◯】ごめんなさいのレモンメロンケーキ

 

「早めに帰ってきてほしい」と、あすかちゃんには伝えた。

「いいものがあるから――」と。

 

 

「ただいまです、おねーさん」

「おかえり、あすかちゃん。

『早めに帰ってきて』ってわたし言ってたけど――、ほんとに早かったね」

「授業終わったら速攻で学校出たんで」

「部活は?」

「無しにしました。期末テストが近いのを口実に」

「あら」

「だって……いいものがあるんでしょ? おねーさん」

「うん……あるよ」

「当ててあげましょーか」

「当てられる?」

「――なにか作ったんでしょ」

「――作った。」

「お菓子。」

「……もう。

 あすかちゃんは、鋭いんだから」

「ケーキですか?」

「どうしてケーキだってわかるの」

「それはですね。

 わたしがおねーさんと、『なかよし』だからですよ」

 

そっかあ……。

 

「そうだよね。わたしとあなた、なかよしなのがいちばんだよね」

「……」

「実は……ケーキを作ったのは、『ごめんなさい』の気持ちも込めて」

「……引きずってるんですか? おねーさん」

「反省してるのよ」

「終わったことじゃないですかぁ」

「でも……ケーキを作らなきゃ、気が済まなかったのよ。

 せっかく、時間もたっぷりあるんだし」

「……おねーさんらしいと思う。」

 

あすかちゃんが、わたしに笑いかけた。

あったかい気持ちになって、わたしも微笑む。

 

× × ×

 

「ケーキっていっても、いったいどんなケーキを?」

「レモンメロンケーキを作ったの」

「……なんだか、レミオロメンみたいな名前のケーキですね。

 きょうが、3月9日だからですか?」

「――そういえばそうね」

「え、意識とか、してなかったんですか?」

「――いま、偶然の一致に気づいた」

 

レミオロメンに『3月9日』という楽曲がある。

そして、きょうはまさに、3月9日。

だからといって、『レミオロメン』に似せて『レモンメロン』ケーキを作ったとか、そういう意識は持ってなかった。

 

「あすかちゃん、『3月9日』って、どのアルバムに入ってたっけ?」

「『ether [エーテル]』ですよ」

「そうだ、そうだった。あすかちゃんのほうが記憶力いいね」

「それほどでも」

「……たしか、2005年ぐらいのアルバムで。ひと昔前どころじゃないくらい前のアルバムなんだけどさ」

「――2005年の3月9日に発売じゃなかったですっけ」

「ってことは、16年前の、きょう!?」

「たしか」

「どうしてそんなに詳しいの……あすかちゃん」

「わたしは2000年代邦楽ロック大好きっ子ですから」

 

…そっか。

負けちゃうな、あすかちゃんには。

 

「……いいアルバムだったよね、『ether [エーテル]』」

「はい、いいアルバムでした」

「もしかして、あすかちゃんのバンドで演(や)ったりするの? レミオロメン

「――さすがは、おねーさんだ」

「ってことは、レミオロメンを――」

「はい。『春夏秋冬』や『南風』を、コピーしたり」

 

『春夏秋冬』も『南風』も、『ether [エーテル]』の収録曲だったはず。

 

「すごいね。『ソリッドオーシャン』も、懐(ふところ)が深いんだね」

「『ソリッドオーシャン』っていうバンド名の意味不明さが、ネックですけどね」

「でも、すごいよ」

「てへへ…」

「武道館公演とか、目指さないの?」

「…バンド名が『ソリッドオーシャン』なままだと、武道館は無理かと」

「あぁ…そこね」

 

× × ×

 

レミオロメンケーキ……じゃなかった、レモンメロンケーキを、お皿に切り分ける。

わたしは例によってブラックコーヒーで、あすかちゃんはカフェオレ。

 

「ね、せっかく3月9日で、レモンメロンケーキなんだし、BGMで『ether [エーテル]』かけながら食べようよ」

「名案です、おねーさん」

 

 

オレンジ色のジャケットのCDを持ってきて、

ステレオコンポで再生する。

 

「――Spotifyとかでも配信されてるんですけどね」

「CDで聴いたほうがいいわよ」

「どうして?」

「だって――2000年代には、Spotifyなんて、無かったでしょ?」

「――ほんとだ。」

 

こんな、他愛ないやり取りで、わたしたちは互いに笑い合う。

笑い合える。

これが、本来の、なかよしの、わたしとあすかちゃんなのだ。

 

1曲目の『春夏秋冬』が終わり、

2曲目の『モラトリアム』が流れ出す。