月曜日だけど、祝日。
バイトのシフトも入っておらず、
わ~い羽を伸ばせるぞ~、とか思っていたのに、
「アツマくん、新宿に行くわよ!」
そう容赦なく、愛が言ってくるのだから、しょんぼりとなった。
「…どうしてしょんぼりしてるの?」
「羽を伸ばせると思ってたのに……ゆっくり邸(いえ)で休めると思ってたのに」
「月曜の祝日はそんなに甘くないわよ」
「…理屈がわからん」
「しょんぼりアツマくんじゃだめよー、アツマくん」
「ハァ……そうでござんすか」
「早く行こうよ。新宿西口駅前の某家電量販店の開店に間に合わせるのよ」
「家電?」
うふふ……と、愛は含みのある笑い。
× × ×
危ないっつーの。
愛のダッシュ力に、なんとかついていく。
ふたり、ほぼ同時に、新宿西口駅前の某家電量販店にたどり着いた。
となりに立つ愛が、
「息ひとつ乱れてないわね。さすがはアツマくん」
「短距離走だって……得意なんだ」
「100メートル何秒?」
高校時代の記録を教えると、
「……嫉妬しちゃうタイム」
「そりゃー、おまえより速い。
『数字』に嫉妬する必要はない、と思うけどな」
「ほんと、運動神経だけは、あなたにはかなわないわね」
「おまえもよくやっていると思うが?」
「上から目線で言わないでよ」
「ハイハイ」
「…しゃべってたら、うまい具合に、ヨドバシが開店する時刻になったわ」
「よかったな」
「…わたしが買いたいもの、なんだと思う?」
「なんだろな」
「『ラ』から始まる4文字のもの」
「ラジコン?」
「ばかじゃないの」
× × ×
ラジカセだった。
なるほど。
「――誕生日プレゼントってことか、利比古への」
「そうね」
「なぜ、ラジカセ?」
「利比古が放送系のクラブに入ってるから」
「それだけじゃ、わからん」
「わかってよ」
「もう少し説明してくれんかな」
すると、放送系のクラブ活動を行っていくうえでの、ラジカセの必要性と重要性について、愛はしゃべり立てるのだった。
「――わかったような、わからんような」
「わかんなくても――仕方ないかもね」
「『わかってちょーだいよ』とか、きょうは言わんのだな」
「言わない」
「――オトナになったなあ、おまえも」
「……どういうことよ」
「それは、自分自身の胸に手を当てて――」
おれのことばを遮るように、腕を握ってきて、
「誕生日プレゼントはひとつだけじゃないのよ」
「まだ買うのかよ」
「ヘッドホンコーナーに行きましょうよ」
「ヘッドホンも買うんか?」
「ラジカセだけじゃ、さみしいでしょ」
「さみしいって」
「誕生日プレゼントとして、物足りないってことっ!」
「…なあ」
「な、なんなの」
「おまえってさ」
「……?」
「日本語、案外に、下手ッピだよな」
腕を強く握られて、ヘッドホンコーナーに連行された。
痛かった。
しばらく吟味し、有線だけどお値段高めのヘッドホンを手に取った愛が、こう言ってきた。
「あなたが払ってよ」
「なんでだよ。おまえが利比古にあげるプレゼントなんだろ」
「さっき、『日本語ヘタッピ』とか言ってきた罰よ」
「……ずいぶん高くつく罰金だな」
「そーかもね」
スネてやがる。
「どうなの? 払ってくれないの?」
ったく。
「――わかったよ。金、出してやるよ」
おれがそう言うと、意外そうに、
「スンナリね」
「おまえを、怒らせちゃったみたいだから」
「……優しい」
「優しくもなる」
レジから戻ってきたおれに、
「ね、少し早いけど、これからお昼にしましょうか」
「ああ。いいぞ」
「――おごるよ」
「おまえが!?」
「だって――あなたになにか見返りをしないと、性格がブサイクすぎるでしょ」
まあな。
ヘッドホン、高かったしな。
「お店はどこでもいいわよ」
「……おまえに飯をおごられるのは、史上初だな」
「わたしの性格が悪すぎたっていう裏返しね」
「そこまで自虐的にならんでもよかろう」
「……フフ」
「なんだよ、その笑いかた」
「わたし…わたし、性格は、どうしても、悪いままで。
じぶんでも、しょうがないなー、って」
「自覚が、芽生えてきたか」
「…そこは、オトナになったのかな」
「自覚が生まれてなによりだ」
「…見た目と中身のギャップが、すごいでしょ」
「…美人なことの代償、ってか」
「こんなにわたし、美人なのにね」
「……それをじぶんで言ってる時点で……」
「ねっ!」
――そんなに、顔を近づけてきて、笑わんでもよかろうに。
性格ブスとは対極的の――鮮やかなスマイルが、おれを戸惑わせる。
× × ×
「ふー、食べた食べた」
「満足?」
「満足よ」
「じゃあ支払いよろしく」
「ちょっと、急(せ)かせないで」
「なんだ? 食後のコーヒーが、飲み足りないんか?」
「違う」
「だったら、なんなんだ」
「午後からのこと」
「? 帰るだろ? 用事は済んだし」
「済んでないのよね~、これが」
右手の人差し指を振りつつ、
「それって――新宿本店か!?」
「決まってんじゃないの」
「ここ……西新宿ですよ、愛さん。紀伊國屋の新宿本店って、まるっきり逆サイド――」
「つべこべ言うんじゃないの!」
「く……」
「100メートル走のタイム、わたしより速いんでしょ!?」
「そ、そういう問題か」
「走れば、すぐよ」
「……走るのに、こだわりすぎだろ」
「走って行きたくもなるわよ。買いたい本がいっぱいあるんだもん」
「まさか……本代まで、おれに払わせたりしないよな」
「まっさかぁ。そこまで性格凶悪じゃないって」
「……ホッとした」
「――アツマくん」
「え??」
「なに『やれやれ…。』って顔になってんの」
「なりも……するさ」
「わたしだけじゃなくて、あ・な・た・も、本を買うのよ」
「強制!?」
「強制よ。
あなただって、文学部でしょ」
「文学部なのが……なにか」
「文学部なのなら、本を読みなさい。とくに、文・芸・書!!」
「文芸書、ねぇ……」
「この期に及んで、つれない態度!?」
「も、もーちょい声を小さく」
「せっかくだから、わたしが推薦図書をピックアップしてあげる」
「……で?」
「読んで、感想文を、書く!!!」
「か、感想文まで強制か」
「――あ、感想文じゃないわよね、大学生なんだから。
レポートよ、レポート。
レポートなんだから、適当に書かないでよね」
「……字数は?」
「ヘッドホンのお値段と、おんなじ」
「……サドかよ、おまえ」
「スパルタよ」
「変わりが、あんまないような……」