放課後になった。
『きょうは、KHKに来られない』という連絡が、板東さんと黒柳さんの両方から来ていた。
さあ。
どうしたものか。
ひとりだけで【第2放送室】で時を過ごすのも……さまざまな意味において、肌寒い。
迷っていたら……。
『迷うヒマなんてないよ』と言わんばかりに、教室のドアをガラーッと開けてくるお人がいた。
放送部女子の……小路瑤子(こみち ようこ)さんである。
「羽田くん羽田くん!! きょう、ヒマ!?」
まずい。
まずい……ヒマであることは、たしかなのだ。
「ちょっと、小路さんっ。そんな大声出したら、教室の子がビビっちゃうでしょっ」
クラスメイトの野々村さんが、小路さんに抗議。
ずんずんドア付近に歩いていって、
「羽田くんと話があるなら、こんなところじゃなくて、校舎の外とかでやってよっ」
と小路さんに迫る。
不穏。
動じず小路さんは、
「野々村さん、もしや、血圧高め??」
と、火に油を注いでいく……。
× × ×
「……野々村さん、小路さんに、敵意持ってる気がするんだけど」
「それも、おもしろいよね」
「ぼ、ぼくは、おもしろくないよ」
サッポロポテ◯のバーベキュー味が、どばっとお皿に盛られている。
ぼくの手元には、小路さんから提供された温かいペットボトル緑茶。
小路さんは、炭酸水をごくごくと飲む。
飲んで、炭酸水ペットボトルをテーブルに置き、
「空調が、格段にいいでしょ、【第2放送室】より。こっちの放送室のほうが、ぜんぜんあったまるでしょ」
と言う小路さん。
「まあ……そうかもねぇ」
「環境が、あっちとこっちで、大違いなんだよねー」
「仕方ない面も……【第2放送室】のある旧校舎のほうは、古いし」
「設備の格差社会だ」
「……」
サッポロポテ◯をつまみながら、
「――これからも、あんな劣悪な旧校舎の環境で、羽田くんはKHKを続けていくの?」
「――続けていくよ。なんとかなると、思ってるから」
「なんとかなる、ねぇ」
小路さんが少しだけマジメ声になって、
「…亜弥が心配してたよ」
「心配? 猪熊さんが、ぼくを?」
「…これから先、羽田くんはどうしていくんだろうって。活動拠点はオンボロの旧校舎、慢性的な人員不足…」
「……なんとか、するさ。春になったら――新入生メンバーも、集められる」
「ずいぶん前向きだねえ」
「オプティミストになるぐらいの勢いじゃないと」
……小路さんが、意味深に笑う。
気持ちが読めない。
……やがて、ぼくの背後から、足音。
だれかが放送室のドアを開けてくるみたいだ。
――開けたのは、猪熊亜弥さんだった。
「オーッ、噂をすれば、亜弥が来た」
「さいきん、遅刻多くてすみません、ヨーコ。
……羽田くんも、来てるんですね」
「わたしが誘った」
「……まあいいでしょう」
猪熊さんは小路さんの横の椅子に座った。
かばんからミネラルウォーターを取り出して飲み、一息つく猪熊さん。
◯ろはすのペットボトルを置くやいなや、
「さっそく、なんですが……KHKの板東さんと黒柳さんが、今月で引退するようですね」
「え、猪熊さん、どうして知ってるの」
すかさず、
「亜弥は地獄耳なんだよ」
と、小路さんが、おフザケ気味な指摘をする。
猪熊さんの眉間が険しくなって、
「……わたしに叩かれたいんですか? ヨーコ」
「? 叩くって??」
「ことば通りです。わたしに体罰されたいか、ということです」
「進んで暴力受けたいとか、そんな趣味はないよー」
「……。ですよね。ヨーコは、マゾの反対ですから」
おいおいっ。
猪熊さん?
「――話を戻しましょう。
なぜ、わたしに、KHKのおふたりが引退する情報が伝わってきたかというと、それは――学校が、狭い世界だからです」
「狭い世界?」
訊き返すぼくに、
「生徒数が1000人以上いる学校であっても……しょせん、高等学校という狭い世界ですから、またたく間に、情報というものは伝播(でんぱ)します」
「伝播(でんぱ)、か……。難しいことば使うね、猪熊さんは」
「余計な指摘をしないでください!」
「あ、はい」
「わたしが最も言いたいのは……とうとうKHKでひとりぼっち状態になってしまう羽田くんのことが、心配になってきた……ということです」
「……ホント?」
「……疑うんですか?」
「猪熊さんは……もっとドライかと思ってた。そんなにぼくのことを気にかけてくれるなんて、思いもしなかった」
「……わたしにだって、人間のこころはありますよ。そんなに、非情な女子に見えるんですか!?」
「ひ、非情だとは、言ってない。『ドライ』と言っただけで、ぼくは」
「亜弥って、困ってるひとを、放っておけない性格なんだよね。意外と」
「……ヨーコの言う通りかも、しれませんね」
「――で、困ってるのが、男子だと、人一倍放っておけなくなって……」
「なに言ってるんですか!! 性別で差別なんかしないですよ!! 羽田くんを、特別扱いしてるんだとか、ヨーコは思ってるんでは!? どこまで勘違いしたら気が済むんですか」
「きょうは……血圧高い女子が、多いな」
「意味わかんないことばかり言わないでください。いったいなにを考えたら、ヨーコはそういう口ぶりに……」
「ねーねー、亜弥」
「……」
「こうやって近くで見ると、亜弥の髪、ホント長いんだねえ。――いろいろアレンジがききそうな髪だ」
「……羽田くんの比ではないぐらい、無神経ですよね、ヨーコって」
あちゃあ……。
グダグダっていうのは、こういうことか……。