【愛の◯◯】すごい速さで雪村あおいが

 

どうも。

漫研ときどきソフトボールの会』の幸拳矢(みゆき けんや)です。

声優が好きです。

はい……。

 

× × ×

 

「そういえば、今日は山の日だったなあ」

新田俊昭(にった としあき)センパイがいきなり言った。

――『漫研ソフト』のサークル部屋に居るのである。

在室中なのは、

・ぼく(幸拳矢)

・新田俊昭センパイ

大井町侑(おおいまち ゆう)センパイ

の3名。

「山の日がなんなのよ、新田くん」

こころなしか攻撃性を帯びた口調で大井町センパイが言う。

新田センパイと大井町センパイは……犬と猿がなんとやら、的な仲と言ってよく、それゆえに、ぼくはハラハラしてしまう。

新田センパイがいきなり立ち上がった。

えっ。

立ち上がった彼は、ウェブ漫画系統の単行本が多く納められている棚に向かい、単行本をひょいひょいと抜き出して、両手で抱えつつ自分の席に戻ってきた。

「あ、『ヤマノススメ』だ」

思わず声が出たのは、ぼくだった。

「そうだ拳矢。『ヤマノススメ』だ。登山をテーマとした女子高校生が主人公の漫画。4期もアニメ化されているし、知名度も高いだろう。『山の日』に『ヤマノススメ』を読みふけるのも、風流なものだ――」

新田くんはいったいぜんたいなにがやりたいの

新田センパイを遮ったのは、もちろん……大井町センパイ。

「お、おおいまちさん、だ、だからね、おれはね、『山の日』、であるからして」

「あなたの今日の目的は、『ヤマノススメ』を読みふけっている姿をわたしたちに見せびらかすことだったの!?」

大井町センパイに気圧(けお)され、新田センパイが無言になってしまった。

「あのねえ」

大井町センパイはイライラと、

「『ヤマノススメ』の単行本を積み上げて、山を作るよりも!!

 あなたは、『創作』という『山』を、登っていくべきなんじゃあないの!?

 漫画家志望なんでしょ!?

 ねぇ!!!」

……言い終わってから、『なにか言ってよ、バカっ』というふうな気持ちの籠められた険しい眼つきで、新田センパイを見つめる。

しかしながら、彼女に対して、新田センパイはなにも言わない。

いや、なにも『言えない』のか。

積み上げた『ヤマノススメ』を前にして、うつむいて、沈黙。

すると大井町センパイが、

「登山とは真反対ね。登山家の行動力を見習ったらどうなの。

 雪村あおいちゃんのほうが、よっぽど行動力があるわよ……!」

 

えっ??

 

「お、大井町センパイっ」

「なあに?? 拳矢くん」

「ご存知、だったんですか!?」

「なにを」

「ご存知、なんですよね!?」

「だから、なにを」

「『雪村あおい』の名前を出すってことは――『ヤマノススメ』、ご存知だったんですね」

するとなぜか、彼女は照れくさそうな顔になって、

「……アニメだけ。」

と。

 

そのカミングアウトのあとで、唐突に彼女はスケッチブックを取り出し、すごいスピードで鉛筆を走らせた。

スケッチブックに描かれたのは……(アニメのキャラデザ準拠の)雪村あおいだった。

硬直中の新田センパイに、大井町センパイはスケブを差し出して、

「新田くん……。

 これがわたしからの、夏色プレゼントよ」