えー、更新再開であります。
果たして、休みを入れたことでエネルギーが溜まったかどうか、なんですが。
それはそうと。
わたくし羽田愛、もちろん大学生なんでありまして。
10月の中旬。
もちろん大学の後期が始まっているわけなんですねー。
× × ×
哲学科の学修室に来ている。
ドイツ語の勉強会が終わったあと、しばらく自習をしていたんだけど、手を止めて、堀之内先生とカントやヘーゲルの話をしている。
ヘーゲルの話題がひと段落したところで、
「先生。ドイツ観念論の硬い話が続いたので、ここでコーヒーブレイクにしませんか」
「おっ、いいね」
お互いの手にコーヒーが行き渡るなり、わたしは、
「……『伊吹みずき先生』の話をしても、よろしいでしょうか?」
と、ちょっぴりイタズラ心を籠めた声で、堀之内先生に訊いてみる。
「ぐ」
わたしのイタズラ心によって、「ぐ」という軽いうめき声のようなものが堀之内先生の口からこぼれる。
彼はコーヒーカップをデスクに置いてから、いささか焦り気味な口調になって、
「気になるんだよね、きみは。伊吹みずきが中高生時代の恩師なんだから」
「正確に言うと『白川』みずき先生なんですけどね」
「……結婚したからね」
「そして1児の母に」
「うん」
「そしてなにより大切な点は、彼女と堀之内先生が第一文学部で同期だったこと」
イタズラっ娘(こ)の眼で堀之内先生の顔を覗き見てしまう。本当にわたしは性格が悪い。
「伊吹先生は国文学で、哲学の堀之内先生とは学科が違ったけど、諸々の理由で接点が多々あったそうで」
彼は肩を落とし気味に、
「そう。あったんだよ、多々。あんまり振り返りたくないことまで」
「まあ、彼女の性格を鑑みるに――」
「みずきには、ずいぶん振り回された」
「ブンブンと?」
「ブンブンと。」
堀之内先生は伊吹先生のこと『みずき』って呼ぶんだな。
収穫!
× × ×
『大学時代の伊吹先生のことをまた教えてくださいね♫』と満面スマイルで堀之内先生に言い、学修室をあとにした。
大学時代の彼女の「素行」も知りたいし。
× × ×
さてマンションに帰ったわたしは、アツマくんのために夕飯を作り、現在(いま)は大皿に盛られた唐揚げをふたりで突っついているところである。
わたしが揚げた唐揚げの完成度の高さに自己満足しつつ、
「堀之内先生っていう助教(じょきょう)の先生が哲学科に居てね」
「知ってるよ。おまえ言ってたろ。おまえの女子校時代の恩師である伊吹先生と、大学で同期だったんだよな」
「あら」
「なんだよ」
「意外ね。その情報をインプットしてるなんて」
「舐めてもらっちゃ困る」
「でも、堀之内先生が香川県の善通寺市の出身だってことは知らないでしょ☆」
「初耳に決まってます、愛さん」
「そうよね初耳に決まってるわよね☆」
「どんな街なん? 善通寺市って」
「空海の出身地」
「そのとおり」
「天台宗だっけ」
「バカなのあなた」
「こ、コラッ! 1日に1度はおれに『バカ』と言わんと気が済まんのか」
「そ、それでっ、堀之内先生がどーしたんだよ」
「せっかく彼が伊吹先生と同期なんだから、彼から伊吹先生のあーんなことやこーんなことが聴きたいな~、って」
「暴走して迷惑かけるんじゃねーぞ」
「どっちに?」
「両方だっ。堀之内先生にも伊吹先生にも」
「アツマくんはさぁ」
「おれの忠告を聴いとんのか」
「伊吹先生のほうとは面識があるわけだけど……」
舌打ちの彼に1ミリも構わず、
「あなたは伊吹先生の中に『大人の女性』を見てるわよね」
「ひ、人の話を聴けないだけでなく、『大人の女性見てる』だとかワケの分からんことを……!!」
「だってあなた、伊吹先生の前だと、見つめられないしマトモにおしゃべりもできないでしょう?」
たじろぐアツマくん。
大ぶりの唐揚げをガブッとくわえるアツマくん。
コップの麦茶をガバッと飲み干すアツマくん。
右腕で頬杖をつき、苦い表情をやや自分の右横に向けるアツマくん。
「そっちを見たってどーにもならないでしょーに。壁掛けカレンダーにでも語りかけたいわけ、あなたは」
不平も言わない、否、不平も『言えない』アツマくん。
わたしは余裕に余裕を重ねて、眼を細くして、タジタジ状態に陥っている彼を眺めて、
「伊吹先生は本当にいい先生だったわ。よくスキンシップされたけど、いい先生だった」
彼は弱めの声で、
「なぜ……『スキンシップ』という点を、強調?」
「だって事実なんだもの。ギューッとされたこと多かったし」
「どういう教師と生徒の関係か」
「わたし、伊吹先生の『ギューッ』で救われたこともあるのよ!?」
そう言ったら、彼は「……」と沈黙し、わたしの顔に向けて視線を戻しつつ、
「『救われた』っつーのは」
と言い、
「アレだろ、『保健室の一ノ瀬先生ブチ切れ事件』のときのことだろ? 高校卒業間際だというのに、おまえが果てしなくお子様ランチだったせいで、保健室の一ノ瀬先生の逆鱗に触れてしまい……」
「そ。保健室を飛び出して、校地の端っこのほうで泣きじゃくって絶体絶命だったわたしを、偶然通りかかった伊吹先生が、何回もギューッとしてくれたから――」
「救われたんだよな」
「伊吹先生のスーツを涙でぐしょぐしょにしちゃったけど」
「さすが、迷惑をかけることに定評のある」
「迷惑オンナでごめんね~~」
「チェッ」
「あなたにしては適切な舌打ちね」
「は!? 意味不明超えてんだろ」