【愛の◯◯】OGの香織センパイが邸(ウチ)に来た

 

早いもので、ことしもあと3日。

 

年末だから、というわけでもないけど――、

お邸(やしき)に、特別ゲストがやって来ます。

 

 

「アツマくん、言ってあったと思うけど、きょうとあしたは、お客さんが来るわよ」

「…おまえの学校の先輩だっけ?」

「そうよ、OGよ。立て続けにふたり」

「なんだかあわただしいなあ」

「そんなこと言わないで、おもてなししてよね」

「どんな…??」

 

若干うろたえ気味のアツマくんに追い打ちをかけるように、

ピンポーン、とベルが鳴った。

 

「ほら、来たわよ」

「エッ、もうかよ」

「そんなにうろたえてないで、ちゃんと出迎えてあげてよ」

 

× × ×

 

大学生になって、

ずいぶん大人びた気がする。

そんな、印象。

 

待ってました、香織センパイ

「お邪魔するね、お邪魔しちゃうね、羽田さん」

「どうぞ、どうぞ」

 

そこらへんにボケーッと立っているアツマくんと、香織センパイの眼が合った。

「アツマさん……ですよね?」

人見知りモードのアツマくんは、

「はいそうですアツマです……。はじめまして、ですかね?」

なにが「ですかね?」よっ。

「たぶん、はじめましてですね。

 牧田(まきた)香織と申します。

 羽田さんには、文芸部でとてもお世話になって――」

「香織センパイ、お世話になったのは、わたしのほうですよ」

「そんなことないよ、羽田さん。――あなたはわたしの『文学の師匠』だから」

「大げさですよぉ」

「…大げさとか言うわりには、得意顔じゃねーか」

アツマくんはちょっと静かにしてて

「――香織さんは、文芸部の前の部長さんだったんですよね、たしか」

「――よくご存知で。」

「『静かにしてて』って言ってるのに! どうしてスルーするわけ!?」

「部活で愛を制御するのも大変だったでしょ」

「なに言い出すのよ!! バカッ」

「足を踏まなくてもいいじゃないのー、羽田さん」

「踏まなきゃ気がすまないんです」

「香織さん、なにか食べたいお菓子とか、ある?」

「……痛くないんですか? アツマさん」

「いちいち痛がっていられないのさ」

「すごいですね……」

 

なんかムカつくので、

 

「なによ、慣れてるだけじゃないの、あなたは」

 

すると、香織センパイは眼を見張り、

 

「……そんなに、アツマさんの足、踏んじゃうの?」

「この1年で300回は」

「デタラメ言うんじゃね―よ、愛」

 

カチンときた。

 

「アツマくんはもうどっか行ってて」

「そういうわけにはいかない」

「どうしてよ。自分の部屋で反省でもしたらどうなの」

「なにを反省すべきなのか知らんが……香織さんが食べたいお菓子を、おれはまだ聞いていない」

「どうしてお菓子にこだわるわけ」

「……おれだって、香織さんをおもてなししたいのさ」

「苦し紛れの言い訳……」

 

「さあ、食べたいお菓子を言ってくれ。たぶんたいていのリクエストには答えられる」

「そんなにお菓子がいっぱいあるんですか!? このお邸(やしき)」

「お菓子の家ができるくらいだ」

「それはすごい……。じゃあ、お言葉に甘えて――『パイの実』って、ありますか?」

「ある、ある」

「やった!」

「いま持ってきてあげるよ」

「わ~~い」

 

香織センパイとアツマくんが、お菓子で盛り上がってる……。

どうして、こういうことに……。

 

× × ×

 

 

「アツマさんを締め出さなくてもよかったのに」

「お菓子を出したら、きょうの彼の役目は終わりです」

 

香織センパイがお帰りになるまで部屋で待機してなさい、と命じておいた。

 

「厳しいんだね、アツマさんに」

「厳しくしてます」

「でも……、

 ときには優しくしたり、優しくされたりするんでしょ」

 

……そのとおりなので、

なんて言っていいか、わからなくなる。

 

「羽田さん――」

「はい…」

「――恋心が、顔に出てるみたい」

「…相変わらず、恋愛小説家の思考回路ですね」

「いまの羽田さん、かわいい」

そう言ったかと思うと、わたしを眺め回すようにして、

「ブラシ効果も――あったみたいね」

「ブラシ効果?」

「ヘアブラシ。」

「あー、センパイが、わたしにくれた、ヘアブラシ…」

「ちゃんと髪、整ってるよ。ひと安心」

「ちゃんとしますって。何歳だと思ってるんですか」

「18歳」

「……」

「――学校のこと、訊いてみたいんだけどさ」

「文芸部なら、順風満帆ですよ」

「だよね。あなたが部長なんだし」

「わたしだけ、がんばってるわけではなくって。

 みんな、がんばってますから」

「みんなのこと、見てるんだね、羽田さん」

「それこそ、部長として」

「あなたを部長にして大正解だったよ」

「ありがとうございます」

「――伊吹先生は、相変わらず?」

「そうですね、おおむね、相変わらず」

「だよねぇ」

「だけど――わたし、前よりも、伊吹先生は頼りがいのある先生なんだって、思うようになりました」

「ほほー」

「センパイ、わたし、志望校が伊吹先生の出身大学と同じなんですけど」

「ほほーっ」

「伊吹先生が好きだから……っていうのも、少しは、志望理由なのかも」

「おおおっ」

 

× × ×

 

「そっかー、哲学を専攻したいのね」

「センパイ。センパイわたしに、『教員免許をとったほうがいい』って言いましたよね?」

「うん、言った言った」

「教職課程の講義も、受けようと思います」

「やっぱりそうするべきだよ羽田さんはー。哲学専攻だったら、社会科かな?」

「社会科ですね」

「絶対、損はないから。……でもなんでまた、哲学?」

「話すと長くなっちゃいそうなんですよね」

「まあ進路のことだもの」

「長くなりすぎて、我慢できなくなったアツマくんが部屋から出てくるかも」

「そ、そんなに話すことあるんだ、志望動機で」

「志望動機だから、ですよ」

「そっか……」

 

カップに残っていたコーヒーを、ぐい、と飲み切って、

 

「わたしが志望動機について話すよりも先に――」

「んん?」

「香織センパイに――どうしてもお訊きしたいことがあるんですが」

 

センパイは、少し姿勢を正して、

 

「それってもしや、『恋愛小説』のこと?」

「やっぱりわかりますか。」

「だってさ――約束したじゃん、卒業間際に。

『いま書いている恋愛小説は、絶対に完成させる』

 ってさ。」

 

緊張感の芽生えを自覚しながらわたしは、

 

「………完成しましたか?」

 

すると、返ってきた答えは――、

 

とっくに完成したよ!

 

「嘘じゃ、ない、ですよね」

 

「嘘なわけないじゃない。もっと信用してほしいよー、後輩には」

 

「さっ、さすが、香織センパイです」

 

じつは、

ここまで有言実行だとは、思っていなかった。

 

「大学が夏休みになる直前には、出来上がってた」

「そんなに早く!?」

「それでね、せっかくだから、公募の新人賞に出してみようと思って――」

「と、投稿したんですかっ!?」

 

センパイはパイの実をひとくち食べて、

 

「うん、したよー」

 

と、平然と言ってのけた。

 

「け、け、結果は……」

 

胸の鼓動が速まったのも束の間、

 

「まるでダメだった。一次(いちじ)で終わり」

 

センパイは即答する。

 

「……ガッカリじゃ、なかったですか?」

「べつにべつに。

 一度負けたぐらいで、わたしへこたれないから」

「強いですね……すごい精神の強さ。

 わたし、香織センパイほど、メンタル強くないです…」

「そんなことなくない?」

「ありますっ!」

「――だとしても。

 アツマさんが、あなたの弱ったメンタルを、励ましてくれるんでしょ?」

「それは……元気づけてくれるひとは、彼だけじゃなくって……」

「アツマさんを大事にしないとダメよー。羽田さん」

「大事に…してます…」

「じゃ、もっともっと大事にするのっ。

 先輩からの、ご忠告~~」

それはそうとして!!

「わっ、ビクッた」

「……、

 小説書くなんて、わたしには、できません!!

 香織センパイは、たぶん――いや、たぶんじゃなくても、

 天才なんですよ。」

「あらら。まさかの天才認定」

「誇ってください。

 後輩からのお願い、です」

「『天才』ということばは、むしろ羽田さんのためにあるんでは」

「だって――、

 なにかを『創作する』なんて、全然わたし自信ありませんよ!?

 本をいくら読んだって、読みっぱなしで、オリジナリティなんか別の次元の話であって――」

「――でもさ? 自信あることなら、ほかにいくらでも思いつくでしょ?」

「じ……自画自賛は、したくないです……」

「そだなー。

 あなたが自覚してない、あなたの得意なこと、掘り出してあげたい」

「そんなことできるんですか!?」

「できるのよ、これが」

「たとえば、どういう……?!」

「羽田さんは……」

「わたしは……?」

「羽田さんは……教え上手。

 

「……根拠をお願いします」

「それこそ話すと際限なく長くなって、アツマさん出てきちゃうよ」

「そんな……!!」

「ヒント」

「!?」

「『教員免許』」