『ピンポーン』とベルが鳴った。
「千葉センパイだ」
× × ×
スラリとした長身の、短髪……だったはずだが、
「……髪伸びました?」
「伸ばしてる、さいちゅう」
「どうしてまた」
わたしが理由をたずねると、
千葉センパイは穏やかに微笑み、
「羽田さんの……長い髪に、あこがれて」
「エッうそでしょ」
千葉センパイが……わたしの長い髪の……影響を……。
困惑していたら、
「ごめん、嘘」
「……え、え、じゃどうして」
「タカに言われたんだ」
「タカくんって、幼なじみの?」
「そ。――わたしも迷ったんだけどね。
中途半端に…伸ばしちゃってるかな?」
「そんなことはないですけど」
「羽田さん」
「ハ、ハイ」
「あなたは――素敵ね」
「ととと唐突になにを」
「これから――もっともっと素敵になっていくよ、あなたは」
そ……そう言われましても。
わたしが困惑に困惑を重ねていると、
「憧れてるのわたし、羽田さんに。
別にいいでしょ? 後輩に憧れたって」
「……とりあえず、玄関でいつまでも立ち話は止(よ)しましょう」
「あ、ゴメンね」
千葉センパイのお邸(やしき)訪問、
のっけから、ヒートアップな展開。
× × ×
「きょうは朝から大掃除で、体力使っちゃった」
「それなら遠慮なくくつろいでくださいね」
きのう香織センパイをもてなしたのと同じところに千葉センパイを案内した。
ソファにゆっくりと身を委ねる千葉センパイ。
「大掃除は――疲れますよね」
「となりのタカの家も手伝ってあげたから」
「それは――ふたりぶん疲れちゃう」
「毎年恒例なんだよ」
「家族ぐるみのつきあい――」
「そ。わたしとタカの関係も、親公認~」
「か、関係って!」
「えへへ」
「『えへへ』じゃないですよぉ、穏やかじゃない」
「でも羽田さんだってそうでしょ?」
「おっしゃる意味が――」
「アツマさん、アツマさん」
「ぐっ」
「親御さん公認なんでしょ」
「……イジワル言いますね、千葉センパイも」
「ふふ♫」
「なんか、葉山先輩みたい」
「影響されてるのかな」
「――たまには、千葉センパイも葉山先輩と会ってみたらどうですか?」
「それねー。最近あんまり連絡できてないし」
「葉山先輩はウキウキ気分で年を越すようです」
「うれしいことでもあったの」
「あったんですよ」
「どんな?」
「……『臨時収入』が、入ったんです、彼女に」
「へぇ~~っ」
「メロンソーダが100本ぐらい買えるような」
「えっなに、そのたとえ」
「…ほら、葉山先輩といえば、メロンソーダじゃないですか」
「ダメだよぉ~ひとを飲み物で象徴させちゃあ」
「…ノリいいですね、きょうのセンパイ」
「大学デビューしたわけじゃないんだけど、環境が変わって、気分がハジケたのは確かかな」
「いいんじゃないでしょうか…元気がないよりは」
「大学楽しいよ。早く入りなよ、大学」
「『受験』っていう手続きがあります」
「楽勝楽勝、羽田さんなら」
「あまり気を抜くと…」
「あなた、そんなにマジメだったっけ?」
「すっ、少しはマジメにもなりますよ!」
「マジメそうに見えて実はそんなにマジメじゃないところにも、わたし、憧れてるんだよ」
「せ、センパイがひどいっ」
「いまのは先輩の特権で言っちゃった☆」
「……ぜったい大学デビューしたでしょ。しましたよね!?」
「そうやってスネてる羽田さんもかわいいから憧れるな☆」
「…………なにか飲み物持ってきましょうか」
× × ×
どうしよう。
なんだか千葉センパイに振り回されてる。
わたしにしても、午前中はお邸(やしき)の大掃除だったから、
その疲れが、にじみ出てきちゃう感じ。
とりあえず飲み物を取りに行くと、
ダイニングにアツマくんがいた。
「千葉さんをもてなしてるんじゃなかったのか?」
「飲み物よ、飲み物」
わたしはインスタントコーヒーでいいか…。
…、
……、
………そうだ!!
「ひらめいた!!」
「ハァ!? いきなりなんだよ」
「アツマくん、
わたしひとりだけだと、もてなし切れないの」
「なんだそりゃ」
「あなたもいっしょに千葉センパイ、もてなして」
「来い、ってか?」
「そうよ、わたしといっしょに来て」
「……」
「なにムスッとしてるのよ」
「……きのうはおれを部屋に軟禁していたくせに」
「人聞き悪いわねえ!! きょうときのうは違うの」
「めちゃくちゃだよ……おまえはほんとに」
そう言いながらも、
アツマくんは腰を上げた。
× × ×
「はじめまして、じゃ……ないですよね?」
「ああ。きみをどっかで見た気がする。
どこだろうなぁ……大会がやってるプールで、だったかなぁ…」
ちゃんと千葉センパイの顔見て話しなさいよ。
「わたし千葉南(ちば みなみ)っていうんですけど、いっしょの大会、出てましたよね?」
そしてニコーッ、と笑って、
「――アツマさん。」
「あー、おれは、アツマだよっ」
「なんでそんな投げやりなのよっバカ」
「脇腹にパンチすな」
「なんで大学2年にもなって、ひとの顔見て話せないわけ!?」
「話せるよ……」
「なにテレビ画面向いて話してんのよっ、言ってることとやってること100%違うじゃないの!」
このままだと――アツマくん連れてきたのが逆効果になるじゃない。
役に立ちなさいよ。
「羽田さん、カリカリしないの」
「彼の態度がヒドくてなんとお詫びしていいのやら」
「わたしは――アツマさんと知り合えただけで、もうじゅうぶんうれしいよ」
「そんな…」
「なんでも言えるんだね――羽田さんは、アツマさんに」
「どうしてうらやましそうな顔なの……センパイ」
「わたし……タカに、なかなか、怒れないから。
叱ってやらなきゃ、と思うことも、あるんだけどね。
だけどタカ、あんまりからだとか丈夫じゃないし、傷つけちゃうかな…と思ってしまうと、あまり、強く当たれないんだ」
「――優しくて、いいじゃないですか」
「そっかなあ??」
「千葉センパイは……わたしには真似できない、優しさを持っているんだと思います。
それこそ…わたしのほうが…センパイに、憧れる。
優しさをもっと、誇ってくださいよ」
「そっかあ…。
わたしはわたしで、いいのか」
「――愛は、すぐ脇腹パンチするもんな」
「空気ぶっこわさないでよ、アツマくん」
「どんな空気だよ」
「せっかく泣かせる展開に持っていけるところだったのに」
「そんなに読者は泣かせる展開お望みだったのか?」
アツマくんが『読者』とか言い出したので、
彼の後頭部にスコーン、と一発お見舞いした。
「……暴力的な後輩でごめんな、千葉さん」
「誤解を生む表現しないでっ、センパイに対しては、暴力的じゃないっ!!」
「言ってねーよ、そんなこと」
「問答無用!! 日本語力低すぎるのよ、あなたは」
「フン!!」
「だからテレビ画面にはなにも映ってないでしょーが!!」
「羽田さん」
「なんですか……」
「来てよかった」
「うそっ!」
「ほんと。
だってさあ。
――夫婦喧嘩が見られるなんて、思いもしなかったもの」
「……千葉センパイも、『夫婦喧嘩って言ったひとリスト』の仲間入りですか。」
「すごいリスト、作ってるんだねえ」
「……ほんとうは、作ってません。
わたしだって……嘘ぐらい言います……」
「泣きそうな顔も、かわいい」
「……でしょ?
わたしかわいいんですから」
「お~」
年の瀬に…、
なにやってんだか。