皆さんこんにちは!
わたし、美容師のサナです。
アパートの水回りが壊れてしまったので、今月から戸部明日美子さんのお邸(やしき)に住まわせていただくことになりました。
身体的な特徴は、かなりかなり小柄であること!
年齢的には、アラサー!!
× × ×
夕方。
お店からかなーり早く帰ってきたわたしは、リビングで掃除機をかけていた。
玄関に距離が近いこのリビングは、すっごーく広い。
天井もすっごーく高いので、壮大なスケールのリビングなのである。
壮大なスケールだから、掃除機をかけるのに時間はかかるけど、体力には自信があるので、さほど苦にはならない。
あらかた掃除を終えて、掃除機をソファに立てかける。
その隣のソファに背を預けて、上向き目線でちょっぴりカラダを休める。
この邸(いえ)の主(あるじ)たる明日美子さんは、寝室で絶賛お昼寝中のようだ。
お昼寝をプラスすると、1日合計で11時間か12時間は眠るらしい。
だからといって、だらしなかったり怠けてばっかりなワケじゃなく、頼りになるときはすごく頼りになる女性(ヒト)である。
尊敬。
今度はいつ、明日美子さん、とっても美味しい料理を作ってくれるのかな……とか思っていたら、玄関のほうからこのリビングに入ってくる男子の姿が見えてきた。
流(ながる)くんだ。
流くんは96年度産まれ(だったよね?)でわたしより年下、スーッとした体型でメガネがトレードマーク、メガネのよく似合うなかなかイケてる顔でもある。
そんな流くんがリビング一歩手前で立ち止まり、メガネとよく調和した顔をわたしと掃除機のほうに向けてきて、
「ずいぶん帰るのが早かったんですね、サナさん」
と言ってくる。
帰るのが早かった理由には答えてあげず、
「ながるくーん。『ただいま』は?」
と、ニッコリと促すわたし。
「あっ」
ハッとしてから、
「……ただいま帰りました」
と丁寧な口調でご挨拶。
「おかえりなさい」
笑顔を持続させることに努め、わたしは「おかえり」を言う。
× × ×
「夕ご飯の当番わたしだけど、キミも少し手伝ってよ」
「え? ……いいですけど」
「さっきまで掃除機かけてて、HPが75%ぐらいになってるから」
「25%を埋めてほしいと?」
「せいかーい」
「……」
「悪いクセだねえ流くん。しょっちゅう口ごもっちゃうんだから。わたしに遠慮する必要なんてないんだよ?」
「ん、んっと。夕ご飯ですけど、ぼくはなにを作れば」
「コーンポタージュ」
「コーンポタージュですか。承知しました」
「『承知しました』とか、またまた。遠慮の表れじゃん、それ~」
恥ずかしくなったのか、真下を向いてしまった流くん。
あらまあ。
邸(ここ)で暮らし始めて2週間以上。流くんの様子もだいぶ知ることができて。
現在(いま)みたいに、わたしにからかわれて真下を向くだとか、そういった様子を何回も観ていると。
これは――。
× × ×
「――カレンちゃんのお尻に敷かれてるタイプだよね?」
「は、はいっ!?」
ファルセットのように流くんの声が裏返った。
夕食後。ゴールデンタイムのテレビ番組をソファ座りで観ていたわたし。わたしの背後でタブレット端末を操作(たぶん読書)していた流くん。
バラエティ番組が終わって天気予報が始まると同時に、超巨大液晶テレビのほうを向いたまま、わたしは先程のような発言をしたのである。
『カレンちゃん』は、流くんの彼女。
「サナさんは……いったいなにを意図して」
コトバどおりだよ。
「コトバどおりだよ。キミはキミの彼女さんのお尻に敷かれてるタイプだと思う」
「ええっと……カレンさんには、サナさんは出会ったこと無かったですよね」
「それがなにか?」
半笑いになってしまいつつ、「それがなにか?」と揺さぶっていく。
天気予報が終わる。コマーシャルが流れる。
とうとう次の番組が始まってしまう。
わたしの好みと違うジャンルのドラマ番組だったので、チャンネルを変える。
流くんからの音沙汰が無い。
しょうがないね流くんも。
反発心を見せてきたっていいのに。
図星なんだろう。
交際相手の女の子に、圧倒的優位に立たされている。そういった関係性であることが、わたしの認識の中でクッキリとなる。
いつまで狼狽(うろた)えの無言が続くのかなあと思っていた。
思っていたらば、『ガタッ』という音が聞こえてきた。
彼が椅子を引いて立ち上がったんだろう。
やがて、ソファが並んでいるほうに彼は回り込んできて、下向きフェイスで足を進ませて、ソファに静かに腰を下ろす。
彼が座った場所が、意外だった。
というのは。
「……ずいぶんとわたしの至近距離に来るんだね」
「驚きましたか?」
「うん……包み隠さず言えば」
「やった」
「え!?」
なっ流くんっ、どゆこと!?
どんなコトに喜んでんの、キミ!?
「ぼく、サナさんをギャフンと言わせることが、10月が終わるまでの目標だったんですよ。現在(いま)のサナさんの『ビックリ』を見たら、75%ぐらいは、その『目標』を達成できたかなー、と」
予想外だった……。
流くんって案外に、可愛げがなかったんだね。