「豪邸」という2文字でしか形容できないようなお邸(やしき)だった。
× × ×
出迎えてくれたのは明日美子(あすみこ)さんという女の人。
羽田さんの彼氏であるアツマさんのお母さんだ。
とっても優しく出迎えてくれた。
うちの母親とは大違いだと思ってしまった。
「明日美子さんはね、わたしのもうひとりのお母さんなのよ」
2階の羽田さんの部屋。
床でくつろぎながら羽田さんが語っている。
「産みの親がわたしの母なら、育ての親が明日美子さん」
「育ての親……」
「そうよ大井町さん。育ての親」
彼女は背伸びをしつつ軽く肩をほぐして、
「やっぱり邸(ここ)は落ち着くわね」
と言って、
「わたしが育った場所だからかな」
と言う。
「中学2年の秋から邸(ここ)に住むようになったの。多感な時期を全部この邸(いえ)で過ごしたってわけ」
そう言ってから、遠くを見るような眼になって、
「ここで過ごして……やがて、アツマくんに、恋をした」
思わず、彼女に対して、
「それは……いつだったの?」
と訊いてしまう。
「彼を好きになったのが?」
「……うん」
「自覚したのは、高校1年の夏」
反射的に、高校1年の頃の羽田さんをイメージしてしまう。
頭の中で思い描いてしまった途端に、恥ずかしさみたいなものがこみ上げ、目線が斜め下になってしまう。
「大井町さんどうしたの?? なんだか顔が赤いわよ」
細い声で、
「……赤くなんかなってないから」
と反発してしまう。
「あ」
ピンと来たように、
「高校1年のときのわたしを想像しちゃったのね」
と言う彼女……。
付け加えて、
「あなたは想像力豊かだから、ついついそんなふうになっちゃうのよね?」
「そんなふうって……どんなふう」
「赤面」
「あ、あのねえっ」
「――元気ね、すっかり」
「元気?!」
「わたしに元気に反発してるじゃないの」
「……」
× × ×
巨大なグランドピアノの前に座っている羽田さん。
「あなたのボルテージが上がり過ぎてもいけないから、音楽で落ち着かせてあげる」
「あ、上がり過ぎてなんかないから、ボルテージ」
「じゃあどうしていきなり椅子から腰を上げたりするの」
完全なる図星で、慌てて座り直す。
『しょうがないなあ……』と言いたげな微笑み。
くすぐったくさせてくる微笑み。
負けそう。
負けそう……だけど、羽田さんの奏でる音楽を聴きたいという好奇心が、次第に盛り上がってきて。
「どんな曲を弾いてほしい? なんでも弾けるけど」
えっ。
なんでも、とは。
「大井町さんが好きな音楽、教えてよ」
わたしは困ってきて、
「実は……実は、音楽、それほど詳しくは無くて」
「意外ね」
意外なの?
「じゃ、無難にクラシックのピアノ曲にしましょーか」
……どうぞ。
× × ×
羽田さんの演奏する姿。
美し過ぎて。
魅了されてしまって。
我を忘れるぐらいに。
打ちのめされて、拍手もできない。
だけど。
「まだお風呂タイムには早いかな。大きなお風呂も待ち遠しいだろうけど、もうちょっとわたしのピアノを聴いてほしい。
……って、どうして呆然となってるの、大井町さん??」
不思議そうに羽田さんが見てくる。
懸命にまっすぐ見つめ返す。
それから。
「ありがとう。
羽田さん、ありがとう。」
と、伝えたいコトバを、伝える。