【愛の◯◯】呼び捨てミッドナイト

 

八畳間の和室。

「布団敷いてもまだ広いわね」

敷き布団の上にぺたん、と腰を下ろしている羽田さんが言う。

「ふたりしか寝ないんだもんね」

とも。

それから彼女はわたしを覗き込むようにして見てきて、

「もしかして心細かったりする? 大井町さん」

「えっ、どういう意味よ」

「広い部屋にふたりっきりで寝るっていうのが」

「……別に。心細くなんかなったりしない」

「まあね」

微笑んで彼女は、

「そーよね。わたしが隣に居てあげるんだし」

言われたわたしは少し目線を逸らし、

「子供じゃないから」

と言ってしまう。

「あら」

イジワルっぽく彼女は、

「ずいぶん子供だったじゃないの、アパートにわたしが助けに来てあげたときは」

むずがゆくなって、

「蒸し返すみたいに言うのはやめてよ」

とわたし。

「わかったわかった。もう蒸し返さないから」

「イマイチ……信用できないかも」

「あはは♫」

「は、羽田さんッ」

わたしのコトバを聞き流すようにして、彼女は布団に寝そべっていく。

ずいぶんマイペースよね……。

 

ごろーん、とわたしのほうに横向きで寝る羽田さん。

栗色のとても長い髪が艶(つや)めいている。

艶めきの波を作る栗色の長髪を眼にして、顔を伏せてしまうわたし。

ラチがあかないような感じになって、とにかく横になってみる。

仰向け。

煌々(こうこう)と光るLEDを凝視。

凝視、するんだけれども、

「暗くしよっか。明るいと眠りも浅くなっちゃうし」

と羽田さんに言われてしまう。

ピッ、と彼女がリモコンを操作し、LEDが消える。

八畳間の闇。

 

このまま眠る流れかと思っていたところに、

大井町さん、大井町さん」

と声がして、

「わたし、こういう時しかできない話がしたくって」

 

……いったいどんな話なのよ。

 

「なによ、あなたの彼氏とのノロケ話でも聞かせるつもりなの」

「ちがう」

「まさか、他人の色恋沙汰的な……」

「ちがうちがう」

「……わたしの色恋的な◯◯を問いただそうとしたって無駄よ。そんな男子(ひと)、居ないから」

「――面白いこと言うわね」

「面白くなんかないっ」

「そういう突っぱねかたまで面白い」

「うるさいからっ」

「スネた」

うるさいわね。

ほんっとーに、うるさいんだから。

眠気がなかなかやって来ない自分を恨んじゃうじゃないの。

 

微妙な沈黙。

結局なにが言いたかったのよ……と思っていたら、

「話がしたかったっていうのは……嘘。」

はい!?

「本当は、本当はね。――あなたにお願いごとがあって」

意味が分かんない。

「……よそよそしいのよ、なーんか」

よそよそしい??

「というのはね。

 出会ってから一貫して、『羽田さん』『大井町さん』で呼び合ってきたじゃない?? わたしとあなた」

そうだけど。

まさか。

まさか。

 

「これからは、下の名前で呼び合いたい

 

「……。

 そんなに一気に……距離を詰めたいわけ」

「もうすでに詰まってるのよ。

 現にこうやって、お布団で隣同士なわけだし」

反論できない。

反発もできない。

反論も反発もできないのが、少し悔しい。

だから。

 

「じゃあ、わたしからも、あなたにお願いするわ。

 下の名前で呼ぶのなら、呼び捨てで

 

……彼女は喜びに満ちた声で、

「嬉しいわ、あなたの積極性!!」

と言い、

「あなたの下の名前は侑(ゆう)だから、これからは『侑』って呼ぶ!!」

と言う。

「そうするのがいいわ。……愛。」

「お、さっそく呼び捨てしてくれた♫」

「……愛、あなたもそうするのよ」

「わかってるわよお、侑」

「わかってるのなら、チャラチャラしないでよ」

「え~、別にチャラチャラしてないからぁ~~、侑~~」

 

愛って……本当の本当に、悪い子。

「愛」っていう名前なのに。

まったく。