大井町さんが冷蔵庫の前に立ち尽くしている。
立ち尽くさなくても。
しょうがないなー。
「大井町さん」
わたしは彼女に近づいて言う。
「『自由に使っていいよ』って秋葉さんも言ってくれてるんだし、部屋に入ったらどう?」
彼女は無言で秋葉さんの部屋のほうを向く。
「遠慮しないで、大井町さん。あなたが遠慮しすぎると、わたしまで弱ってきちゃう」
秋葉さんも彼女に優しく言ってあげる。
絶賛弱り中の彼女、なのだったが、ゆっくりゆっくりと、秋葉さんルームのドアへ歩み寄っていく。
「ベッドで休んでてもぜんぜんいいよ」
優しいなー、秋葉さん。
「ベッドで~」と言われたからか、彼女の横顔に赤みがさしているようにも見えた。
× × ×
「さて」とわたし。
「さて」と秋葉さん。
「やっていきましょーか、秋葉さん」
「そうね、羽田さん」
「わたしの言うようにすれば、絶対美味しいイタリアンが出来上がるので」
「おおー、自信みなぎってる」
「それはもう」
「じゃあ、あなたの言う通りにするね」
「よろしくお願いします」
× × ×
「羽田さん、羽田さん」
「なんですかー、秋葉さん」
エプロン姿の秋葉さんが微笑して、
「大井町さん、お眠りになってるかしら」
と言う。
「かもしれないですね。疲れもあるんでしょうし」
「熟睡してる大井町さんって――きっと、可愛い」
「エロいですね、秋葉さんも」
「エロいかー」
「ま、わたしも、スヤスヤ眠ってる大井町さんを想像すると、ニヤニヤしたくなっちゃいますけど」
「お互い様じゃないの」
「わたしと秋葉さんって、案外似た者同士なんでしょうか?」
「どうかな」
一歩(いっぽ)、わたしに歩み寄って、
「身長は、ほとんど同じだけど」
「わたしは160.5センチですが」
「わたしもそのぐらい」
「ですよねえ」
「わたしや羽田さんだけじゃなくって――」
大井町さんがおやすみになっているかもしれない部屋のほうを見やって、
「大井町さんにしたって、そうでしょ」
「もしかしたら、160.5センチなのかも、ですね」
「そうそう。同じような背丈の女子が、3人集まってるわけだ」
「グループでも作りますか?」
「どんなグループなのよ」
苦笑してから、秋葉さんはキッチンに向き直る。
× × ×
驚いた表情で、ダイニングテーブルの料理を、大井町さんが眺めている。
「ビックリしちゃった?」
秋葉さんが、
「ビックリするのは構わないけど、できるだけ早く味わってほしいかな。冷めたらいけないし」
しかし大井町さんの驚きは大きいようで、なかなか料理に手をつけてくれようとしない。
「秋葉さん、取り皿を彼女に」
「OK、羽田さん」
コトン、と大井町さんの眼の前に取り皿が置かれる。
すかさず、そのお皿にパスタを盛ってあげるわたし。
「貴重な機会よ、大井町さん。名の知れたイタリアンレストランでも、こんなパスタはなかなか出さないと思うから」
立ちのぼる湯気。
「どうぞ?」
促すわたし。
促した甲斐あってか、ようやくフォークを手に取る大井町さん。
× × ×
やっと、彼女の顔が、やわらかくなった。
イタリアン効果は絶大だ。
× × ×
「……どうして」
大井町さんはわたしに視線を寄せて、
「どうして、こんなご馳走が、作れるの。どうして、わたしのために、作ってくれるの」
と問う。
「わたしの『愛』が、そうさせるのよ」
「……分かんない」
「むずかしい?」
「……」
「むずかしいのなら、宿題」
「しゅ、宿題って」
「期限は無期限」
「な、なによそれ」
構わずに、
「その一方で、期限が迫ってるレポートが、3つもある」
と言うわたし。
しょげるように、目線を下げる大井町さん、だったが、
「大丈夫よ。ふたりで考えましょう、これから」
と、わたしは元気づける。
「こらこら羽田さん。わたしも含めてよ。3人よ、3人」
秋葉さんのツッコミ。
それから、秋葉さんは、
「大井町さん、もしかしたら、わたしの机に積んであった『スラムダンク』読んだ?」
と訊く。
「いえ……」
大井町さんは首を横に振り、
「スラムダンクは、読みませんでしたけど。他の漫画も、机に積んであって……。『帯をギュッとね!』っていうタイトルの」
「へーーっ!! 『帯をギュッとね!』、読んでたんだ!!」
ココロの底から感心したように、
「わたし、スラムダンクも良いと思うけど、『帯をギュッとね!』はもっと良いと思う。スポーツ漫画のなかで3本の指に入るぐらい好き」
と秋葉さん。
『帯をギュッとね!』か。
柔道漫画だっていうことだけは知ってる。
わたしも――読んでみたいな。そんなに名作なのなら。