【愛の◯◯】伝説の樹の下での告白の対価としての「権利」

 

半日で授業が終わった。

旧校舎のすぐ近くにある枯れた噴水。

その噴水の「へり」にわたしは座っている。

ただし。

座っているのは、わたしだけではない。

もうひとり。

しかも。

男子。

 

× × ×

 

羽田利比古くんの『ランチタイムメガミックス(仮)』が始まった。

お昼休みの校内放送。

オープニングトークの真っ最中だ。

もう1月も終わるっていうのに。

卒業まで、ほぼ1ヶ月だっていうのに。

懲りない。

彼、マジで懲りない。

大学受験はどこに行ったのやら。

3年連続クラスメイトの腐れ縁として、もっと厳しく接したほうがよかったんだろうか?

『校内放送のおしゃべりにうつつを抜かしてる場合なの!?』とか、そういうふうに説教して。

羽田くん、マジ、これからどうするの……と、放送を耳に入れながら思っていた。

すると、

「羽田くんは自由でいいね」

と、離れた距離で座っていた外江(とのえ)くんが、口を開いたのであった。

「野々村さんも、そう思わない?」

 

外江くんは理系クラスのスーパースター男子である。

スーパースターというのは、文武両道・品行方正で名高いということ。

それはいいんだけど。

去年の秋、学校祭の終わり頃……外江くんは、ありえない行動に走った。

そして、わたしは、その行動の……「当事者」だった。

どういうことかというと。

話せば長くなるんだけど。

ひとことで言うならば。

 

伝説の樹の下で、外江くんは告白し、わたしは告白された。

 

× × ×

 

一方的にしゃべり続ける外江くんに対して、適当な相づちを打ち続けるわたしだった。

どういうわけか? 外江くんは羽田くんを評価しているらしい。

羽田くんという人間そのものについても、羽田くんのクラブ活動についても。

クラスメイトになったことが無いから、だろうか。

 

例によって懐メロソングが旧校舎から流れている。

奥田民生の……なんていう曲だっけ、たぶん90年代の曲だから、どう考えても懐メロ。

「今日も、彼の選曲は冴え渡ってるなあ」

外江くんの賞賛。

「そう思うでしょ? きみも」

問いに答える代わりに、

「あんまり、羽田くんをヨイショしないほうがいいと思うよ」

と忠告する。

「なんでそんなに彼に厳しいのかな」

きっと外江くんは苦笑いしている。

そういう口ぶりだ。

「羽田くんは、この3年間、女子にモテモテ通(どお)しだったけど――」

外江くんは、いったんコトバを切ってから、

「野々村さんには、効(き)かなかったみたいだね」

なにそれ。

思わず、

「なにそれ。なにが効かなかったってゆーの」

と言ってしまう。

「羽田くんの持ってる、モテ男パワーだよ」

反射的に、

キモいよ、外江くん」

と言ってしまう。

「――そっか。キモいか」

彼は平然と、

「おれ、キモいことばっかり、きみに言ってるのかな」

わたしはそんなコトバを聞き流そうとするけど、

「『あのとき』も――もっとキレイな言いかたが、あったんだろうなあ」

と、『伝説の樹の下ショック』がぶり返してくるようなことを言ってくるから、落ち着けなくなってくる。

外江くんと適切な距離を保ちたくて、

「ぜんぜん違う話をしてもいい? 外江くん」

と訊く。

「なんだろうか、違う話とは」

「わたし、外江くんの進路の詳細を、知る権利があると思う」

「たしかに」

「知る権利が存在しないわけがない」

「そうだね」

「いきなり、突っ込んだこと訊くけど……外江くんは、どの大学に進学したいの? やっぱし、東京大学?」

もしくは、京都大学……2択クイズかな、と思っていた。

そう思っていたんだけど。

「おれは、東京工業大学

「……へえ」

「意外かい?」

「意外というより、リアクションに困る」

「そっかあ」

わたしは曇り空を見上げる。

雲間から、淡い光。

そんな空模様を眺めながら、

「受かるといいね。東京工業大学のことなんか、なんにも知らないけど」

と言ってあげる。

 

知る権利があるのなら、「受かるといいね」って言ってあげる権利もある……ってこと。