大井町さんが、バッターボックスに立っている。
わたしは第一球を投げる。
大井町さんのバットが空を切る。
空振り。
相当センスのいいスイングしてるんだけど――。
第二球。
バットに当てたものの、バックネット側へのファール。
悔しそうに彼女はバットを見つめる。
ちょっと怖い。
で、第三球。
打った。
打ったボールは、左中間に転がっていく――ほどの、勢いもなく。
ショートの守備位置に立っていた秋葉さんが、ボテボテと転がる、ゴロのボールをつかむ。
そしてボールをわたしに投げ渡してくれる。
目配せするような、秋葉さんの笑い顔。
彼女の自宅で、『秘密』をわたしだけに打ち明けたときのような――そんな顔だと、少しだけ思った。
大井町さんに、眼を転じると――、
バッターボックスに立ったまま、顔をしかめている……。
じぶんのバッティングに、納得がいってないんだ。
到底納得できないらしく、
「もう一球!
羽田さん、もう一球だけっ!!」
と大井町さんは叫んだ。
しょうがないわねぇ……。
負けず嫌い、わたしと同じ??
…彼女がマジ顔なので、
そのホンキに応えるべく、
ホンキのストレートを投げようと思う。
『もう一球』、をわたしは投じた。
キャッチャーの久保山幹事長が心配になるぐらいの速球を投げた。
カーン! と、快音がした。
バットの芯に当たったのか。
打たれた――?
ついに、大井町さんに。
飛球が外野に飛んでいく、
飛んでいく、のだが――、
レフトの郡司センパイの落下点だった。
あっさり捕球する郡司センパイ。
またも大井町さんを、打ち取ったわたし……。
悔しがってるかな……とバッターボックスを見やったが、
大井町さんは…後方に顔を逸(そ)らしていた。
× × ×
「また挑戦してね」
ロッカールームを出て、大井町さんと並んで歩いていた。
大井町さんは、『やりがい』がある相手だから、また挑戦してね、と促した。
「こんどは外野の頭を越えるようなのを打ってほしいな…。大井町さん、あなたなら、打てると思うな」
「……そう」
「わたし、『見込みある』と思うから」
「『見込み』?」
「うん。素質あるよ、大井町さん。右の強打者になれる、ポテンシャルが――」
「――言われなくても」
つ、突っぱねられてるっ。
強気な、勝ち気な大井町さん。
…わたしの発言が、いくぶん上から目線で、カチンと来ちゃってるのかしら。
ここは話題を換えるべきとき。
「…運動したら、甘いもの、摂(と)りたくなるよね?」
「……」
「でしょっ?」
「……」
「同意の顔ね」
「……。
まさか、また喫茶店にでも連れて行く気?」
ぎくぅ。
「じ、じつは、また見つかったのよ、スイーツが美味しくて有名なお店が…」
「…スイーツ、好きよね、羽田さんは」
「い、いけない!?」
「いけないなんて、言ってないわ」
うろたえ気味になりながらも……わたしは、
「そうねえ。……好きだよ、スイーツ。じぶんでお菓子作っちゃうぐらいに」
「あら」
大井町さんは表情を変えず、
「そういう特技、あったのね」
「う、うんっ。お菓子作りは、特技」
「――余裕があって、うらやましいこと」
「よっ余裕っ??」
「キッチンの余裕。お菓子が作れるぐらい、立派なキッチンが、あるのね……」
彼女は若干、さびしそうな声で、
「……わたしには、時間の余裕も場所の余裕もないわ。
お菓子作りなんて……考えたこともない。
そんな生活を……してるのよ」
あ、あちゃあっ。
地雷を、踏んだような……気まずさ。
× × ×
「また、失敗しちゃったな。
うまくいかなかった。
『喫茶店行こうよ』って、誘い続けたのが、強引だったのかもしれない。
彼女、甘いものに目がないのは、確かだと思うんだけど……。
美味しいスイーツ食べれるよアピールが、彼女にはウザったかったのかしら?
じぶんでお菓子作りもしてるよアピールにしたって、撥(は)ねつけられるみたいになっちゃったし。
距離感とか……関わりかたも、もう一度、よーく考え直してみるべきなのよね、たぶん」
アツマくんのお部屋。
大井町さんとのすれ違いぶりについて、彼に語り倒しているわたし。
「実は、美術館とか――誘ってみたくもあったんだけど。
彼女、絵本作家志望なのよ、だから、ぜったい美術館には、食いつくはずなんだけど――。
けっきょく、夏休み前までに、うまく誘えそうもない。そんな感じ」
アツマくんは、某スポーツグラフィック雑誌に、視線を落としている。
話を聴いてるんだかどうだか。
「――アツマくんは、どう思う?」
「……」
「な、なんとか答えてよ」
「……。
前提として、おまえと大井町さんの問題なわけだろ?」
「……それ、『じぶんだけでなんとかしろ』ってこと?」
「基本線は、な」
「基本線って」
「…けど、アドバイス欲しがってるのは、わかる」
顔を上げて、
わたしをジックリと見つめて、
「…な? 欲しいんだろ、おまえ? アドバイスが」
わたしは真剣に、
「……欲しい、欲しいよ」
「……うむっ。」
「おねがいよ、アツマくんっ。アドバイスを……」
「そっか……そうだな、」
そして彼は、
「……『仲良くしたい』気持ちを、大事にしろ」
ええ~っ。
肩透かし~?
「なんだよ、そのガックリなリアクションは」
「だって、だって。アドバイスに、ぜんぜんなってないじゃない」
「すまん。…急には、思いつけんかった」
「…頼りないわねえ」
「悪かった。」
「わたしが…バカだったのかしら、無理に、あなたにアドバイスを求めて」
肩を落とす。
「……ガッカリしたら、疲れが出てきて、くたびれちゃった」
「――疲れてんの?」
「ソフトボールの練習疲れがあるのよっ」
「疲れ知らずの愛にしては珍しい…」
「あなたのせいもあるのよ。疲れを自覚しちゃってるのは――」
「うまいアドバイス、してやれんかったから?」
そうよ…と、うなずいて、
「あなたのせいもあるから、」
アツマくんのそばに――例によって――からだを急接近させ、
「癒(い)やして」
「癒やす? おれが??」
――なにも言わず、彼の左肩に、とん、と寄りかかる。
さながら、頬ずりするような――勢いでもって。
それくらいの勢いで、彼に――からだを預け始めていく。
「例によって、の、スキンシップだな」
「つべこべいわないでよ」
「…こんなんで、おまえの癒やしになるんかいな」
「あなたの体温が、なによりの癒やしよ」
「なに言ってんだか…」
あー、もう。
「アツマくん」
「?」
「ギュッとしてよ。ギューッと」
「はあ?」
「――とぼけないで。
いつもギュッってしてくれるみたいに、ギュッとして。
――抱きしめて」
「……ハグで、疲労が、抜けますかね」
「抜けるっ!」
「……はいはい」
× × ×
――それで、ギュッとしてもらった、あとで。
「しばらくこの部屋にいるから」
「しばらくって…いつまでだよ」
「おっしえな~い」
「あのなあ」
「…気が済むまでいるわ。深夜何時になっても」
彼はちょっと面食らいつつ――、
「風呂は? 風呂、入ってこいや」
「もうとっくに入ったわよ。じゃなきゃ、こんなこと、言ってないっ!!」
「うぅぅ…」
「なに!? うめき声!?」
「…じきに寝ちまうぞ、おれ」
「寝るときは一緒よ」
「ふ、ふざけんなあ」
「ふざけてないわよ!!
こっちはねえ、アツマくんの明日のスケジュールぐらい、完璧にインプットしてるんだからぁ!!」
「おまえ……」
「――夜は、夜ふかしできるし、朝は、寝坊もできる。そんなスケジュールなんでしょぉ!?」
「……」
「あなたの生活リズムに合わせてあげる」
「たしかに、夜ふかしはできるけど……日付け変わる前には、寝るつもりで」
「つれないわねえ」
「どうしても……おれの部屋で、夜を過ごすつもりか!?」
「……アツマくん」
「な、なんだっ」
「わたし、もう、女子高生じゃないって、わかってるわよね!?」
「不埒(ふらち)な……」
「不埒って言った!? 信じらんない」
「……愛よ、」
「……なによ。」
「脱いだりするなよ」
「バババババババッバカっ、アツマくんの大バカ!!
放送コード踏み越えようとしてるのは、いったいどっちよ!?」
「……あんまり喚くな。収拾がつかない」