【愛の◯◯】気持ちの表裏(ひょうり)

 

今日もサークルのお部屋。

新入生の新山文吾(しんざん ブンゴ)くんと野球の話で盛り上がる。

途中からわたしは、横浜DeNAベイスターズのことしか喋っていなかった。

現在(いま)のベイスターズのポジティブな要素をひたすら言いまくっていたら、ブンゴくんの口数が次第に少なくなっていってしまった。

ごめんね、ブンゴくん。

でも。

今年のベイスターズは優勝が既定路線だから、わたしが饒舌(じょうぜつ)になるのもある程度は仕方ないのよ……!

わかって?

 

ブンゴくんは部屋を去り際に、「またベイスターズ語(がた)り、してください」と言ってくれた。

優しい子ね。

 

ブンゴくんと入れ替わりのごとく、同学年の新田くんが入室してきた。

「やあ羽田さん」

「おはよう新田くん」

「またまた。午後だよ、午後」

「たしかに」

左サイドの席につこうとする新田くん。

そんな彼を眼で追うわたし。

彼が着席すると同時に、

「ねえねえ、新田くん」

「んー?」

「さっきまでブンゴくんが来てて」

「あ、そうなんだ」

「ブンゴくんは京都出身なんだけど、京都の高校野球といえば、やっぱり龍谷大平安かなあ??」

とたんにリアクションに大困りになる新田くん。

そうよね。

それもそうよね。

いきなり「龍谷大平安かなあ??」とか言われても、返事のしようも無いわよね……。

全部、わたしが無茶な振りかたをしたのが、いけないんだわ。

だけど、ほんのちょっとだけは、わたしのお気持ちも理解してほしいわ。

さっきまで大盛り上がりだったブンゴくんとの野球トークの流れを引きずっているのよ。

引きずっているから、ついつい無茶苦茶な振りかたをするの。

そこのところ、あなたならば、理解を示してくれるわよね?

――新田くんなんだもの。

 

× × ×

 

さて、気を取り直した新田くんは、20分間ほどスケッチブックにお絵かきをしていたのだが、急にピタッと手を止めて、

「――今日こそ、来たのかな?」

と呟く。

把握したわたしは、

大井町さんなら、見てないわ。わたしが入室する前も、来てないみたい……」

と新田くんに。

「ううむ……」

首をかしげ、腕組みを始めて、

「羽田さん。きみのスマホに、なにか連絡は?」

「無いのよ。こっちからのメッセージも、既読になってなくって……」

「まずいかもな、それ」

「やっぱり、そうよね」

「危うい状態になってるのかもしれない、彼女」

「ピンチなのかしら」

「大ピンチなのかも」

「生活か学業のどちらかが、危険な水域に……」

「うーーーん。どうしたものか……」

 

ここで、ずっとノートPCで作業をしていた、偉大なるOGの秋葉風子(あきば ふうこ)さんが、

「新田くんは、カッコいいね」

「!? カッコいい!? 俺が、ですか!?」

「サークルの同期の仲間を、大切にしてるじゃないか。伝わってくるよ、いかに大井町さんの身を案じているのかが」

斜め下目線になった新田くんは、

「俺は、俺は……彼女に、負けっぱなし、なので。負けっぱなしってのは、いろいろな点で……。だから、彼女がここに戻ってこないままだと、ずっと悔しいままになっちまうし」

「新田くんが悔しいのは、彼女に負けっぱなしなことが――」

「そうです秋葉さん。借りを返す……じゃないですけど」

「だけども、」

秋葉さんは、

「彼女に対する感情は、悔しさだけじゃない。たぶんそうなんだろう、新田くんよ」

困惑して、

「……へ??」

と新田くん。

そこに、

「気持ちだよ、気持ち」

と秋葉さん。

「な、なんの、きもちですかっ」

「それは分かりきってるよ、新田くん。

 彼女の顔をまた見たい『気持ち』が、あるんだろう?

 つまりだ。

 悔しさの裏返しは、彼女の復帰を待ち焦がれる気持ち。

 ……そういうことなんだろう。

 なかなか、否定できないんじゃないかな」

 

なるほど。

秋葉さん、するどい。

 

秋葉さんがするどい証拠に……新田くんの顔が、激しくヒートアップ。