日暮真備(ひぐらし まきび)さんがのっそりと起き上がった。
すぐそばに座っていた古性修二(こしょう しゅうじ)くんに、彼女は、
「ねえねえ、新1年生の修二(シュウジ)くん」
「なんでしょうか? 日暮さん」
「今のところ会員のみんな、キミのことを『シュウジ』とか『シュウジくん』って呼んでるんだけど」
「……はい」
「単に『シュウジ』呼びじゃ、つまんないよねえ」
うわぁ……。
始まった。
日暮さんの「ニックネーム構築タイム」。
オリジナリティあふれるニックネームをつけることが、彼女は大の得意なのだ。
たとえば、わたしと同じ3年生の脇本くんに「ワッキー」というニックネームをつけたり。
あれから、「ワッキー」呼びが浸透しちゃったのよね(わたしは、「脇本くん」って呼んであげてるけど)。
「つまんないよねえ」と言われたシュウジくんは、
「つ、つまんないとは、どういうことでしょうか」
「ひねってみたいよ」
と日暮さん。
「ひねる??」
とシュウジくん。
「たとえば――『シュウジ』をひねって、『シュウ助(すけ)』とか」
「シュウ助!? 僕が!?」
「助(すけ)は、助けるの助(すけ)ね♫」
「そ、そんなっ」
若干可哀想なシュウジくん。
耐えるのよ。
ところでシュウジくんの向かい側の席には、やはり新1年生である新山文吾(しんざん ブンゴ)くんが座っている。
ブンゴくんは京都出身で、大阪出身のシュウジくんと話が合うみたいだ。
そんなブンゴくんに狙いをつけるがごとく、
「ブンゴくんも、『ブンゴ』じゃつまんないな」
と、日暮さんはブンゴくんの顔を見る……。
若干京都なまりのイントネーションで、
「もしかして、『俺にも』ですか、日暮さん??」
と訊くブンゴくん。
若干焦っているのが垣間見える。
「うん。キミにも」
あっけらかんと言う日暮さん。
「野球漫画の主人公にも『ブンゴ』っているから、『ブンゴくん』でも収まりが良いんだけど」
……いや、日暮さん、「収まり」とは。
「日暮さん日暮さん、ブンゴくんテンパってきてますよ。いきなりニックネーム拵(こしら)えるの、ちょっと可哀想かも」
わたしは日暮さんにそう言う。
助けを求めるように、ブンゴくんがこちらを見てくる。
見てくるんだけど、
「でも……可哀想かも、なんだけど、ブンゴくんには、自由奔放な日暮さんのニックネームづけに、耐えてほしいかも」
とわたしが言っちゃったから……青くなる。
ごめんねブンゴくん。
× × ×
「――でね、『ブンブン』とか『ブン太郎』とか『ブンやん』とか、日暮さん、ほんとに自由奔放にニックネームを創り上げていったのよ」
「日暮さんは、おれとタメだったっけか?」
「そうね。アツマくんと同じく2000年度産まれ。今は大学院生」
「ふむ」
「大御所的存在ね」
「なるほど」
「カラダがちっちゃくて、可愛いけど」
「可愛いんかいな」
「可愛いわよぉ」
マンションに帰ってきて、アツマくんとともに休日を過ごしている。
午後2時になるところ。
ダイニングテーブルに向かい合いで座っている。
ふとアツマくんが、自分のスマホに視線を向けて、
「……葉山から電話がかかってきそうで、怖いな」
あー。
「オンシーズンなんだもんねえ」
「お馬さんのオンシーズンに突入しちまって……」
「葉山先輩、アツマくんに3週連続で、G1予想を送ってきてるのよね」
「今のところ、G1予想はまだ、的中が無いみたいだけど」
「『今週こそリベンジよ』とか、あいつ、いかにも言ってきそうだよな……今日あたり。もっとも、いくら予想を寄越(よこ)されたって、おれは馬券買う気なんかさらさら無いが」
そうねえ。
「そうねえ。アツマくん、どんなキッカケがあったら、馬券買うのかしら」
「や、キッカケ無くていいだろ。おれは『打たない』を押し通すぞ。麻雀も知らんままでいい。パチ屋にも絶対行かん」
そっかぁ……。
「な、なんなんじゃっ、愛。そこはかとなく不気味な笑い顔を、なぜ……」
「あのね」
「……?」
「わたしこう見えて、人脈広いのよ」
「ひ、広いから、なんだ?」
「知り合いの知り合いや、知り合いの知り合いの知り合いが、馬主さんだったりするのよね」
「ま、まさか、ディー◯インパクトの馬主さんとか、◯台グループのあの人とか、」
「ちが~~~う」
「じゃ、じゃあ、どんな馬主さんなんだ!?」
アツマくんがおバカに見えちゃう。
わたしは、ブラックコーヒー入りのマグカップを両手で持ち上げ……『わかってないわね』というメッセージを、アイコンタクトでもって、送るだけ。