【愛の◯◯】放送部顧問になったわたしと放送部部員だった八木

 

放課後。

やや速足(はやあし)で、放送部室へと向かう。

様子を見に行きたかったのだ。

顧問になったんだからね。

 

× × ×

 

「なにかわたしに訊きたいこと、ない? 特に、番組制作のこととかで」

放送部室に入るなり、部員の子たちに尋ねてみる。

が、

「小泉先生」

と、部長の仰木(おおぎ)さんが、わたしの真正面に立ってきて、

「ゴメンナサイ、なんですが……これから、発声練習をみっちりとやりたいんですよ」

と言ってくる。

出鼻、くじかれちゃった!?

「今日はワタシたち、声出しに集中するって決めてて」

と仰木さん。

「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ、安易に口出ししないほうが、良かったか」

仰木さんは微笑(びしょう)をたたえて、

「『はい、良かったです』って言ったら、どうします?」

「エッ」

「先生を怒らせちゃうから、そんなこと言わないですが」

なんだか、仰木さんに、翻弄(ほんろう)されかかってるかも。

教師と生徒の立場が逆転?

畳み掛けるようにして、

「先生って、22歳なんですよね」

「そうだよ。だけど、それがなにか……」

「若くって、ステキだ」

「……ありがとう」

「先生もワタシも、四捨五入したら、20歳」

「ざ、斬新な四捨五入だね、それ」

 

『ぶちょう~~、はっせい、はやくはじめよーよ~~』

 

仰木部長の後ろから声がする。

2年生の中嶋小麦(なかじま こむぎ)さんだ。

2年生だけど3年生の部長にタメ口な小麦さん。

そんな小麦さんに仰木部長は振り向いて、

「わかったわかった」

と告げて、

「それじゃ、そういうコトなんで」

とわたしに告げる。

わたしは大人しく、

「そう……。じゃあ、発声をがんばってね」

と言いつつ、

「番組制作のときは、遠慮なく手を借りてね……」

と言い足す。

けれど、仰木さんは、

「んー、お気持ちは、モチロン嬉しいんですけど」

と言ってから、

「頼り過ぎたくないかも」

と言うのだった……。

 

× × ×

 

「先生もワタシも、四捨五入したら、20歳」か。

たしかに、そうなんだよね。

そういう意味では、互いの「目線」は近い。

近いんだけど。

やっぱり、わたしのほうが「お姉さん」だし、わたしが「教師」である事実は揺るがないんだから……本音を言えば、頼ってほしい。

けれども、その「本音」を、ストレートに伝えきれなくって。

たぶん伝えきれないのは、新任教師であるわたしの……甘さゆえ。

 

夜。

マンションの自室。

絨毯(じゅうたん)にペタ、と腰を下ろしてくつろぎつつ、PCモニターに映る八木八重子と向き合っている。

 

「どうよ、教師生活は?」

訊いてくる八木。

「授業で教えるほうは、まぁ問題なくやれてるんだけど」

「ホントぉ??」

「ホントだから」

「新任教師って、ナメられたりイジメられたりするイメージなんだけど」

「そんなことないって。泉学園の子は、みんないい子だよ」

「泉(いずみ)学園の小泉(こいずみ)先生――か」

「その意味深な眼つきはなんなの」

「なんでもないよ」

思わず、呆れ気味のため息をついてしまう。

しまうんだけど、

「あのね、八木。問題は、部活」

「部活?」

「うん」

「あんた、めでたく放送部の顧問になって、はしゃいでるんじゃないかって思ってたけど」

「はしゃいでないよ。

 ……あのさ。

 わたし、せっかく大好きな『放送』に関わる部活動の顧問になれたのに、自分自身を……出し切れてなくって」

「ギャップか、それは。理想と現実の」

「否定は、できないかな」

 

放送部顧問としてのジレンマを、八木に打ち明けてみる。

 

「……こんなこと、部外者のあんたに打ち明けたって、しょうがないんだけどさ」

と自嘲(じちょう)気味に言ってから、ルイボスティーを飲んで、コップをテーブルに置いたら、

「しょうがなくはないでしょ」

と八木は。

「もちろん知ってるよね、小泉は。わたし、高等部のとき、放送部所属だったって」

うなずくと、

「できるよ、アドバイス。わたしらも、顧問と結構いろいろあったからさ」

と八木。

「結構いろいろあった」か。

八木の顧問の先生って――あの先生だったよね。

わたしは、その先生の名前を出して、

「いろいろあったっていうのは」

と言い、八木の顔色を少しだけうかがって、それから、

「男の先生だったっていうのも――大きかったのかな」

眼を丸くした八木は、

「なに、『大きかった』って」

ホラ。

アレだよ、アレ。

「部員のだれかが、先生にホレちゃったとか」

……八木は『あんぐり』として、

「どーしてそういう想像しちゃうわけ!? あんたは」

「いやホラ、女子校ゆえに。男の先生に好意が向いちゃうって、ありがちじゃん!?」

「て、テレビドラマの見過ぎじゃないの」

「ちがうよ。

 わたしはたしかに、テレビ大好きっ子の、どうしようもない放送マニアだけど。

 でも、ちがう」

「せ、説得力、」

ある。