『こいずみせんせーい、どーしたんですかー??』
あ。
いけない。
考えごとに耽(ふけ)ってたら、中嶋小麦(なかじま こむぎ)さんに声をかけられちゃった。
目線を上げて、
「ごめんね、小麦さん。顧問なのに、部活のことに集中できてなかった」
と謝る。
「小泉先生にも、そんなときがあるんですねー」
と小麦さんは言い、
「考えごと、してたのかな?」
とも言う。
小麦さんの髪がちょっと揺れて、ちょっとドキッとする。
彼女の髪は、ショートカット。
なんだけど、『伸びる余地を残している』というふうに、わたしは思ってしまう。
『伸びる余地』の根拠は無い。
ないんだけど、
『これから伸びていくのかな、髪……』
という感覚が確かにあって、だから時折、彼女の髪を見つめてしまうこともある。
……それはそうと、考えごとしていたのを見抜かれてしまったわたしは、
「小麦さんは、鋭いね。考えごとしちゃってた。でも、今からは集中するから」
と言う。
だけど、小麦さんは、
「先生の考えごと、わたし気になっちゃう☆」
と、ニッコリ笑顔で、わたしの考えごとに拘(こだわ)ってくる……。
そこに、
「コラッ。ふざけないの、小麦っ」
という叱り声。
叱り声の主は、小麦さんと同じく2年女子の、尾石素子(おいし もとこ)さんだ。
尾石さんは放送部の中核を担うひとりで、とてもテキパキとしている。
小麦さんより短いベリーショートの尾石さんが、
「小泉先生が戸惑っちゃってるじゃない」
と、小麦さんに厳しい視線を送る。
動じず、
「えー?? 素子ちゃんは、気にならないの?! こんな小泉先生、初めて見るよ」
と、小麦さんは返す。
「そういう小麦の態度が『ふざけてる』って言うのよっ。学年上がっても、相変わらずなんだから……」
尾石さんは、少しイライラ。
小麦さんは、依然ニコニコ。
× × ×
放課後の放送部室なのである。
昨日は様子を見に行けなかったので、顧問として、今日は部に向かわないわけにはいかないな、と思っていた。
時刻は17時になる直前。
「ほらほら小麦、休憩タイムはもう終わりにするわよ」
テキパキな尾石さんが小麦さんに告げる。
「17時になったら、次の話し合い」
と尾石さん。
「なんについて、だっけ?」
と小麦さん。
尾石さんの眉間にシワが寄る。
「小麦ッ。あんたは、そーゆーところッ」
「そーゆーところって、どーゆーところかな」
怒られた小麦さんだけど、キョトーンとして、尾石さんの剣幕に動じる素振(そぶ)りも無い。
「ラジオ番組のテーマを決めるんだったでしょ、テーマを!? 今週あたし、毎日あんたに言ってるんだよ!?」
眉間にシワを寄せ続けて、
「これだから、小麦は……」
と言い、部長の仰木(おおぎ)さんに顔を向け、
「どう思われますか、部長? 小麦の『自覚の無さ』について」
と意見を求める。
仰木部長は、
「『自覚の無さ』ってなにかな、素子」
尾石さんはやや面食らって、
「え、えぇと……」
「『なにについての』自覚が無いのか」
泰然(たいぜん)と仰木部長は尾石さんに。
尾石さんのテンパる速度がどんどん加速していく。
「そ、そ、そ、それはっ、イロイロっ、イロイロですっっ」
尾石さんの顔面が必要以上に火照(ほて)ってくる。
「もう少し素子も、考えがまとまってから話さないとな」
泰然自若(たいぜんじじゃく)な仰木部長がたしなめる。
仰木さんと尾石さんのやり取りを眺めている小麦さん。
『小麦さんもある意味、泰然自若だな……』と感じつつ、笑顔を崩さない小麦さんを見ている、顧問のわたし。