スポーツ新聞部で、野球談義。
「しかし石井一久には驚かされましたねえ」
わたしが言うと、桜子さんが、
「正直、人事で迷走している感はあるわよね」
「楽天は、この先どうなってしまうんでしょうか……」
「明日からクライマックスシリーズなんだろう?」
岡崎さんが割って入ってきた。
桜子さんは、ちゃんと岡崎さんの顔を見て、
「パ・リーグのね」と答えた。
それから、穏やかな微笑み顔になって、
「岡崎くんは、ソフトバンクとロッテのどっちが日本シリーズに行くと思う?」
桜子さんが好きな岡崎さんは、少しドギマギしながらも、
「そりゃ……ソフトバンクのほうが優勢だろう」
微笑みを絶やさずに、
「そうかしら」と揺さぶりをかける桜子さん。
「下克上っていえばロッテの専売特許じゃないの」
「専売特許って言えるかどうかは……おれにはわかりかねるが」
わざと不満そうにして、
「むー」と言う桜子さん。
「むー、ってなんだよっ」
「……岡崎くんは、贔屓(ひいき)の球団とか、とくになかったよね」
「それがどうした」
「野球愛が不足してるわ」
「……」
瀬戸さんがいないから、岡崎さんに対し桜子さんはやりたい放題である。
岡崎さんと桜子さんがギクシャクしなくなったのは喜ばしいけれど、
桜子さん……岡崎さんに対する『気持ちの変化』とか、あったんだろうか。
表向き、やりたい放題に岡崎さんを翻弄してるみたいだけど、
女心の内心(ないしん)は、深いから――読めない。
わたしみたいに女同士でも――読みにくい。
部内の人間関係に関心がない――というより、なんにも気づいてなさそうな中学4年生の加賀くん。
将棋雑誌を片手に棋譜を並べている加賀くんのところに近づいて、
「研究熱心ね」
「ああ」
将棋のタイトル戦で喩(たと)えるなら、ソフトバンクがタイトルホルダー、ロッテが挑戦者、みたいな立場だろうか。
あんまりいい喩えじゃないな、これ。
加賀くんがそばにいるから無理やり将棋に喩えてみたけど、失敗だった。
まぁロッテは、ソフトバンクに胸を借りる立場、なんだとは思う。
「おい、大丈夫か」
――考えごとしてたら加賀くんに注意された。
粗野(そや)な言葉づかいが、いつまでたっても直らないのも悩ましいが、
「わたしは大丈夫だよ」
「取材とか、行かなくていいのか?」
「お」
「なんだよその反応」
「や、取材を気にするなんて、加賀くんも成長したよね~って」
「成長してねーよ別に。いつもならサッカー部とか野球部とかに出向いてるだろ。なのに今日は教室でウダウダしてるから…」
「サッカー部は今日はお休みだよ」
「じゃあ野球部は」
「どうだったっけ?」
「おい!」
――そんな茶番を演じていたときだった。
ドドドドッ、と、椛島先生が活動教室に駆け込んできたのだ。
驚いてその場全員が椛島先生に注目する。
「どうしたんですか先生」
思わずわたしは言った。
息せき切って先生は、
「あすかさん……。
あなたといっしょに住んでいる、羽田愛さんが、学校に来てるわ」
「ええっ」
え、
えええええ、
そんなの、はじめて。
おねーさんが……どうして……わたしの学校に!??!?!
気が動転しながらも、
「それ、ホントですよね……!? 先生」
「間違いないわよ。忘れ物。忘れ物を届けに来ましたって」
あ!
電球がピコーン! と点灯するみたいに、把握した。
そっかー、今朝、急いでたから、スポーツ新聞用の記事を、邸(いえ)に置いてけぼりにしていたんだ。
それで、わたしが邸(いえ)を出たあとでおねーさんが気づいて、放課後になって学校までわたしに渡しに持ってきてくれたんだな。
にしても――。
× × ×
「大胆すぎますよっ」
たしなめなきゃ、と思って、おねーさんを見るなりそう言った。
「でも、持ってこないと困るのはあすかちゃんでしょ?」
忘れ物の記事プリントを差し出すおねーさん。
わたしは受け取るなり、
「持ってきてくれたのは感謝です」
いちおう、おねーさんを立てながらも、
「だけど、ここでその制服は、浮きますからっ!!」
偏差値が15以上、もしかしたら20以上違うかもしれない、超名門女子校の制服。
「――そんなこと気にするの?」
キョト~ンとするおねーさんだったが、
「ほら、野次馬が出来かかってる」
「ほんとーだー、どうしてかわかんないけど、人が集まってきてるー」
「おねーさんのせいです」
しかし当事者は苦笑しながら、
「わたしだってたいへんだったのよ、事務室で手続きしようとしたのに、なかなかわかってもらえなくって」
「そりゃそうでしょ! 担任の先生か顧問の先生でないと、事情知らないですよっ」
「――椛島先生って、あすかちゃんの顧問の先生?」
「そーですよっ」
「若い顧問の先生なのね」
「そーですよっ」
……スマホの撮影音が聞こえてくる。
「エライコッチャだね」
「…他人事(ひとごと)みたいにっ。困るのはおねーさんなんだから」
「ねえねえ、せっかくだから、校内を案内してよ」
「騒ぎを拡大させてどうするんですか。ますます拡散するじゃないですか」
「こんな機会めったにないでしょ?」
「そういう問題じゃなくってですねぇ」
「ダメなの??」
「わたしが許しません」
「きびしいね」
「わたしの学校なんでわたしに従ってください」
「じゃあさー、せめて、ハルくんに会わせてよ」
「ハルさん!??!?! なんで――」
「ちょうど、ハルくんに物申したいことがあったから」
「物申す、っていったい……」
「サッカー部どこなの」
「ハルさんは引退したんですよ。もう下校してる可能性のほうが高いですよ」
「逃げ足、速いんだから……」
「……ハルさんとなにがあったんですか、アカ子さん絡みですか」
「よくわかるね」
「そういうことなのなら、なおさらこの場はふさわしくないです、邸(いえ)に帰ってからじっくり話しましょうよ」
「――残念。」
「とにかくっっっ!! わたしについてきてくださいっ」
安全なルートにおねーさんを誘導して、帰らせなきゃ。
そういう使命感から、おねーさんの手をひっぱって、喧騒(けんそう)から逃(のが)れようとする。
「…テレビ番組の地方ロケで、ジャニーズのアイドルが通行人の前に現れたみたいになってる」
思わずそんなグチをこぼしてしまった。
人気者より、人気者がそばにいる人間のほうが100倍つらい……。
そんな気苦労を知ってか知らずか、超・人気者のおねーさんが、
「ジャニーズといえばさ」
「……」
「今日って、キムタクの誕生日なんだって」
「……」
「わたしの誕生日(←11月14日)と1日違いだったんだね」
「……」
「なんだか、うれしいかも」
「……人気者という宿命のもとに、おねーさんもキムタクも産まれたんですね」
「あすかちゃんだって、この学校では人気者でしょ~っ?」
「そうなのかもしれませんねえっ! おねーさんやキムタクほどじゃないにしても!!」
「――あすかちゃん、カルシウムカルシウム」