仰木(おおぎ)ひたきさん。
泉学園放送部の部長である。
毎日、黒髪のポニーテールで登校。
そのポニーテールの黒色(くろいろ)の濃ゆさが、目立っている。
例によって放課後。
例によって放送部室。
顧問のわたしは、できるだけ部の様子が見たいから、昨日に引き続いて放送部室に来て、部員たちのディスカッションに耳を傾けている。
ディスカッションといっても、就職試験のディスカッションみたいな厳(いかめ)しさは全然無い。
もっとざっくばらんとしていて、飛び交う意見に花を咲かせている……というふうな感触。
和気あいあいという形容がピッタリ。
そもそも、それを「ディスカッション」と呼べるのか……という疑問も浮かんでくるけど、疑問よりもわたしは、彼女たちの「若々しさ」が羨(うらや)ましい。
もちろんディスカッションの取りまとめ役は、部長である仰木さん。
もちろん仰木さんは今日も、濃ゆい黒髪をポニーテールに結んでいる。
新しく作るラジオ番組の構成について、中嶋小麦(なかじま こむぎ)さんが意見を言ったのだが、尾石素子(おいし もとこ)さんにはその意見が的外れに映ったのか、
「トンチンカンなこと言わないでよね、小麦」
と、不満が表明される。
「あーっ、また素子ちゃんに『トンチンカン』って言われちゃったーっ」
いささかオーバーリアクションに声を上げる小麦さん。
『トンチンカン』と言われたのがどこまでショックなのか、わかんない。
「おーーい、不穏だぞー、素子も小麦も」
取りまとめ役たる仰木部長がたしなめる。
リスペクトする仰木部長にたしなめられて、尾石さんはシュンとなる。
一方、小麦さんは全然シュンとなっていない。
シュンとなるどころか、なにやら意味ありげな表情で、仰木部長に目線を当てている。
「? 小麦、なんだよその眼は。ワタシにご意見でも??」
「ご意見ってほどじゃないけど」
「じゃあなんなんだよ」
「部長。あのね――」
まるで同学年であるかのようなフィーリングで、小麦さんは仰木さんに対して、
「部長のそのボールペン――とっても可愛いと思うの」
と言うのである。
いや……ボールペンとディスカッション、少しも関係が無いよね。
さすがに顧問のわたしも呆れて、口を挟もうかなとも思ったんだけど、
「か、かわいいってなんだあ、こむぎぃ。ワタシの文房具を、いったいどんな眼で見てるんだぁ」
という、仰木部長の狼狽(うろた)えぶりが……とっても鮮烈で、口を挟むのもやめて、思わずポニーテールの彼女を凝視してしまう。
× × ×
仰木さんは、ファンシーな文房具を、もっともっと所持しているらしい。
小麦さんのマル得情報(?)によれば。
さて、ディスカッションに明け暮れた部活動も終わり、下校時間と相成(あいな)った。
いったん職員室に戻ってから、荷物を持って校舎の外に出る。
『今週も終わったな。寄り道でもしよっかな』
みたいなことを思いながら、帰り道の方角に歩いていく。
……おや。
大木(たいぼく)の下のベンチに、腰掛けている女子生徒。
3年生であることを示す色の制服リボン。
165センチぐらいの、わたしよりほんの少しだけ高い背丈。
スラッとした身体(からだ)に、濃ゆい黒髪のポニーテール。
濃ゆい黒髪のポニーテール……ポニーテール……。
間違いが無い。
さっきまで放送部室でディスカッションの取りまとめ役を務めていた、仰木ひたき部長では――ありませんか。
なぜか、彼女はうつむき目線だった。
「仰木さん?」
とりあえず、顧問として、声掛け。
スローモーションに、彼女の目線の角度が上昇し、
「小泉先生……」
と、呟(つぶや)きのような弱い声が漏れ出す。
どうしちゃったんだろ。
彼女はそれから、大きくため息。
肩を落としちゃってる。
……そんなに、ファンシー文房具の多数所持がバレたのが、こたえてるんだろうか??
顧問には顧問の務めがある。
なぐさめてあげるのも、たぶん……務めのひとつ。
「凹(へこ)んじゃったか。小麦さんに、可愛いボールペンのこととか、バラされたから」
彼女を見下ろし、優しく優しく言ってあげる。
「それも、あります」
答えてくれる仰木さん。
それ「も」と言ったのが、少し気になった。
「ほかにもなにか、凹むようなこと、あったの??」
問えば、
「あります」
という答え。
「仰木さん」
すかさず、
「わたし、そこに座ってもいいかな」
と仰木さんの座るベンチの空(あ)いたところを指差して、
「問題があるのなら、遠慮なく話してほしいな。抱え込んでほしくないからさ」
と、優しく、穏やかに。
しかし。
仰木さんは、ふるふると横に首振りして、
「小泉先生のおっしゃることはごもっともですし、気持ちはすごく嬉しいですけど」
と言って、それから、
「ワタシが思ってることを全部言っちゃうと、小泉先生が帰宅できなくなるので」
……仰木さん!?