放課後、放送部室に来たわたしは、2年生部員の中嶋小麦(なかじま こむぎ)さんと雑談している。
他の部員たちは番組制作の取材に出かけていて、小麦さんは「お留守番」役。
顧問であるわたしがお相手をしてあげないと、手持ち無沙汰になっちゃうし、寂しくなっちゃうよね。
もっとも、どうやら元気娘(げんきむすめ)キャラの小麦さんなら、お留守番の寂しさなんて、どうってことも無いのかもしれないけど。
あどけなさの混じる元気さが、小麦さんをキャラ付けている。
彼女は、ニッコリニコッと、
「せんせ~い。今日、先生の世界史の授業受けたじゃないですか、わたし」
「えっ、なにかマズいところでもあったかな」
「ちがいます、ちがいます。逆ですよ、逆」
「逆?」
「わかりやすかったです」
「わ、わたしの教えかた、が?!」
「ハイ。」
「……」
「さすが、ケイオーを出てる先生は、違うんだなあって」
「しゅ、出身大学は、教えかたの上手さとは、関係ないよ」
「それもそっか」
「……」
テンパり加減な、わたし。
そんなわたしに、伸びる余地の残っている気がするショートカットヘアの彼女は、
「わたし理系の進路希望だから、世界史は受験科目にならないかもしれなくって、ザンネンだな」
と言い、
「でも、小泉先生の授業は楽しいから、オールオッケーです」
とも言う。
わたしの授業は、楽しいらしい。
嬉しさが産まれてくるのは、もちろん。
だけどなんだか、小麦さんにホメられると、胸のあたりがこそばゆくって。
今のわたし、ハツラツとした小麦さんの勢いに、押されてる。
顧問だけど(顧問ゆえに?)、負けてる……。
視線が下がり気味、逸れ気味になってしまう。
そんな顧問に構わず、小麦さんは、
「まっだかな~~、取材の子たちが帰ってくるのは」
とテンション高く言う。
『わたしの焦りに少しも気づいてくれないのも、なんだかなあ』
ココロの内でそう思ってしまうわたし。
だったのだが、ここで、ゆっくりと部室のドアが開く音。
× × ×
希少な1年生部員の鈴木卯月(すずき うづき)さんが入って来たのだった。
「戻りました。――小泉先生、こんにちは」
わたしに挨拶してくれる卯月さん。
礼儀正しい。
実年齢よりやや幼い顔立ちの彼女は、
「小麦さんの相手役、本当にご苦労さまです」
と。
「うづきちゃ~~ん、『本当に』は、余計なんじゃない??」
笑いながら、不満を軽く表明する小麦さん。
たしかに。
いちおう、小麦さんは卯月さんの先輩で、卯月さんは小麦さんの後輩。
だけど、先輩後輩の関係が、逆転してるみたい。
小麦さんが先輩なのに稚(おさな)くて、卯月さんが後輩なのに大人びているのか。
卯月さんは、中学1、2年生のような顔立ちだし、背も低いけれど、非常に落ち着いた身のこなしかたと話しかたをする。
わたしがいささか気になっているのは、時折彼女が、憂(うれ)いを帯びたような表情になるということ。
着任したばっかりだし、卯月さんのクラスの授業は受け持っていないんだから、彼女の事情はまだ良くわかっていないんだけど。
小麦さんと卯月さんは、ポンポンと会話のキャッチボールを続けている。
わたしは、その様子を眺めるだけ。
……そういえば。
「小麦さんと卯月さんって、卯月さんがここに入学する前から、知り合いだったんだね」
「え!? なんでわかったんですか!??! 小泉先生スゴい」
驚く小麦さんなんだけど、
「気がつかないほうが、おかしいでしょう、むしろ」
とすかさず卯月さんのツッコミが入る。
「私と小麦さんは、家が近いんです。通学するとき、イヤでも顔を合わせてしまうんです」
へーっ。
「じゃあふたりは、幼なじみなんだねえ」
言うわたしであったが、
「いいえ?」
と卯月さんに即答されてしまう……。
小麦さんにも、
「わたしが、卯月ちゃんの家の近くに引っ越してきたんだよねー。わたしが中3に上がるときだったから、ちょうど2年前」
と言われてしまう。
そーか。
そーなのか……。
「それから、ふたりは仲良くなったんだね」
小麦さん&卯月さんコンビに言うわたし。
卯月さんが、ちょっと顔をしかめて、
「仲良しだと、言えるかどうか」
と不穏なことを言う。
「えええ~~、なかよしだよぉ~~、卯月ちゃんとは『なかよしコンビ』に決まってるじゃ~~ん」
卯月さんは、冷静に、
「『なかよしコンビ』とか言わなくなったら、仲良しになってあげるんですけどね?」
と小麦さんに。
……凸凹(でこぼこ)コンビだな。