【愛の◯◯】3人の1年生ボーイと◯◯

 

学生会館の『漫研ときどきソフトボールの会』のお部屋に入り、いちばん奥のほうの席につく。

言わば「幹事長席」だ。

わたくし羽田愛は、このサークルの新幹事長になったわけで。

幹事長らしくしなきゃねー。

具体的にどう振る舞えばいいのかは、探り中なんだけど。

 

1年生ボーイの古性(こしょう)シュウジくんが左斜め前で読書していたので、声をかける。

「『万葉集』? シュウジくん」

「はい、そうです」

こっちを見てきてくれるシュウジくんは、

「あの。『万葉集』の柿本人麻呂の歌なんですけど、僕、解釈に迷ってる歌があって」

「どの歌?」

わたしはシュウジくんの左隣の椅子に座ってあげる。

彼は照れながらも、

「これです」

と、ページの中の人麻呂の歌を指し示す。

「あー、それかぁ」

わたしは少し考えて、自分なりの解釈を言ってみた。

「すごいですね羽田センパイ。そんな解釈もあるなんて」

「またぁ。チヤホヤしちゃってぇ」

「……」とドギマギのシュウジくん。

 

気を取り直すように、背後の棚から「週刊少年サンデー」を取ってきたシュウジくんは、

「最近思うんです。『サンデー……雑誌のページ数が少なすぎじゃないか?』って。ジャンプやマガジンやチャンピオンと比べて、明確に少ない。週刊少年漫画雑誌だったら、400ページはあるものだっていう認識なんですけど」

「いろいろつらいのよ。連載作家も」

「それで、頻繁に休む作品も……」

シュウジくん」

「え、なんですか」

「具体的な作品名は言わないほうがいいわよ」

「どうして!?」

「ふふふ♫」

「ぎ、疑問に答えてくださいよ」

わたしは取り合わず、

「サンデーがページ数少なくなってる一方で、週刊少年マガジンのラブコメ化の進行が止まらない」

「……はい」

「『真夜中ハートチューン』は、最近面白くなってきたわねえ」

「はい……」

相槌が不甲斐ないから、わざと厳しく、

シュウジくん。あなたは、どんなラブコメディ漫画が理想?」

「エッ!?」

「『すぐには答えられません』なんて言わせないわよ」

「そ、そんな」

「あるでしょーに。あなたにだって、想い描くラブコメ漫画の理想図が」

「いきなり言われましても……」

「幹事長は無茶振るものなのよ」

「そんなものですか……??」

黙ってわたしは微笑。

 

× × ×

 

やはり1年ボーイの新山(しんざん)ブンゴくんが入室してきた。

無茶振りに戸惑っているシュウジくんを放置して、シュウジくんの向かい側の席につくブンゴくんのそばに移動する。

わたしは幹事長として積極的に、

ソフトボールするには寒すぎる季節かしらね、ブンゴくん」

「さすがに寒いですよね」

と苦笑いでブンゴくんが言う。

ストーブリーグね」

「あるんでしょうか。ストーブリーグなんて概念」

「年俸だとか契約更改だとかは、もちろん関係ないけど」

「けど?」

「今シーズンの成績をおさらいしたいわ」

「俺たちのソフトボールの成績ですか?」

「もちろん。確かあなたに記録表みたいなものを渡したはず。打率ランキングだとか防御率ランキングだとかリストアップしてるやつ」

「あーはい。持ってますよ。今出します」

「おねがい☆」とわたしは満面スマイル。

焦り気味な手付きで、カバンから記録表的なものを取り出してくれるブンゴくん。

「どうぞ」

差し出されたので、眼を通す。

「ふーむ。打率も防御率も、わたしがトップ」

「打率や防御率だけじゃない気がします」

「確かに。ホームラン・打点・盗塁・出塁率長打率・勝利数・奪三振・完封数・与四死球率――どれをとっても、わたしが1位」

「強化版の大谷翔平ですね」

「えーー、ブンゴくん、デリカシーな~~い」

「センパイ!?」

「たしかに『二刀流』だけど、ソフトボールの成績に過ぎないでしょ。あと、『強化版の大谷翔平』以外の形容のしかたがあると思うの」

「大谷を持ち出したのがマズかったですか」

「だって、大谷って、ゴツいでしょ? わたしは華奢で可憐な乙女なんだから☆」

「……自分で言うんですか」

えへへー。

「今はブンゴくんは、投手としてはわたしの2番手だけど。いずれは『エース』になってもらいたい」

「『エース』」

「そ! 『ブンゴくん、エースをねらえ!』って感じ」

「テニスじゃないんですから」と彼は苦笑。

ところで、『エースをねらえ!』っていう漫画、すこぶる面白いわよね。

 

× × ×

 

「盛り上がってますね」

ひっそりと眞杉洋(ますぎ よう)くんが言った。

眞杉くんも1年ボーイで、いつの間にかお部屋に入ってきていた。

「あ。居たのね、眞杉くん」

どうしたことか、眞杉くんは下を向く。

わたしの『あ、居たのね』がマズかったのかしら?

忙(せわ)しなくはあるが、入り口ドア付近の眞杉くんの席に近寄ってあげる。

スッと椅子を引き、彼の至近に座る。

すぐさま右腕で頬杖をつき、彼の眼に自分の眼を合わせ、

「ごめんなさい。謝るわ。あなたを『空気なモブキャラ』みたいに扱っちゃって」

「いいえ……。ぼくも、もう少し存在感を出すよう頑張るべきでしたし」

「えー、ありのままでいいじゃない?」

「ありのまま??」

「そーよ」

いささか前のめりのわたしは、

「今年度のソフトボール記録を見ていたら、眞杉くんの盗塁数、わたしに次ぐ第2位だった」

と言い、

「誇るのよ☆」

と言ってあげる。

「赤星よ。赤星を目指すのよ、眞杉くん」

「赤星……赤星、憲広?」

「そ。憲広の、赤星。レッドスター

「で、でも、とっくに引退してるでしょ!? 赤星憲広の全盛期、世代的にぼくは知ってるわけもなく。羽田センパイだって、2000年代は、まだ幼くって……」

「そこがツッコミどころなのよね」

「はい!?」

盗塁王のイメージが、赤星憲広で止まってるのよ。だれのせいかと言うと、ブログの管理人さんのせい

「それは……ブログ管理人さんに……もっと、現在(いま)の日本プロ野球のことを知ってほしいですね」

「『過去』が好きなのよね、管理人さん。どーにかしてほしいわ」

「いえ、過去が好きなのは、構わないんですけど」

「過去のことばっかりマニアックになって、どーするっての!!」

「お、落ち着いてください」

 

……そうね。

過去とちゃんと向き合えるって、ある意味すごいと思います。

本心でそう思ってるんですよ……管理人さん。