最近、わたしたちのサークルのもう1つの目的を忘れてしまっているような気がする。
『学生会館のお部屋で漫画を読んで駄弁(ダベ)るだけではなく、ときどきは、お外に出てソフトボールで汗を流しましょうね~~』というのが本来のコンセプトなはず。
というわけで、ほんとうに久々のソフトボール描写をお届けしようと思います。
× × ×
1年生の新山文吾(しんざん ブンゴ)くんは流石の元・野球少年である。
高校でコンバートされたが、中学まではピッチャーだった。しかも、チームでは不動のエースピッチャーだったとか。
そういった経緯から、大学で野球からソフトボールになったものの、ふたたびマウンドに立つようになったというわけだ。
わたくし羽田愛も、このサークルでは基本、ピッチャーなんだけどな。
まあ「エース争い」なんて概念はこのサークルには無いし、自由に伸び伸びと投げればいいんだけど。わたしも、ブンゴくんも。
――しかしながら、現在(いま)こうしてマウンドで投球しているブンゴくんの元・野球少年っぷりを見ていると、燃える。
さっきから、ブンゴくんはサークルメンバーをキリキリ舞いにさせまくっている。
「打撃練習」という名目で始まったはずなんだけど、これではまるで奪三振ショーね。みんな全然、彼の投げる球をバットに当てられてない。
マウンド上の彼は笑顔で愉しそう。
彼が有頂天になる前に――。
『ねえ!!』
マウンド上で不動のエース気分のブンゴくんにわたしは叫んだ。
「なんですか! 羽田センパイ!!」
叫び返してくるブンゴくん。
すかさず、
「わたしがバッターになるから、オーバースローで投げてきてよ!!」
と要求する。
「え、オーバースロー!? これ……野球じゃなくて、ソフトボール」
「いいでしょ??」
微笑みかける。
「でも……俺がオーバースローで本気で投げて、羽田センパイのカラダに当たったりしたら」
微笑みを絶やさず、
「あなたはなにを言ってるの?? 全力以外で投げてほしくないんだけど」
「え……!」
「7、8割のオーバースローじゃ容赦しないわよ。中途半端な速球なんて、スタンドに叩き込んであげるんだから」
「す、スタンド!? ここにはスタンドなんか……」
「四の五の言わない」
……微笑みは絶やしていないわたし。
× × ×
やっとその気になってくれたブンゴくん。
左打席に入ったわたしと対峙する。
彼は息をすうっ、と吸って、全力で振りかぶる。
そう来なきゃ。
× × ×
学生会館5階。
サークルのお部屋。
腕時計を確認してから、
「もうすぐ5限だけど、講義には出なくていいの? ブンゴくん」
と問う。
1時間ぐらいずっと真下を向いたままのブンゴくんは、
「あります。ありますけど……いいんです。今日はゲームセットです」
ありゃー。
「わたしに打ち込まれたのが、そんなにショッキングだったの?」
優しく訊いてみると、
「……」
と沈黙。
沈黙が、ショックの度合いを如実に表している。
「講義の出席に『代打』は無いわよ? 出席点は稼がなきゃ」
「……」
「落ち込みまくってるわね」
「……」
「わたしだけじゃなくて、侑(ゆう)にも打たれちゃったもんねえ。女子2人にあれだけかっ飛ばされたら、地の底まで沈んでいきそうなテンションになるのも仕方ないか」
ずーーーん、と項垂(うなだ)れ通(どお)しの彼、であったのだが、やがて意味深にも首をふるふるっ、と横に振って、それから、
「俺は……打ち砕かれて……良かったです」
と。
「打ち砕かれたって、なにを?」
優しさたっぷりボイスで訊いてみると、
「上手く……言語に……できないんですけど」
と、若干目線を上げつつ言って、それから、
「この……挫折を……バネにして……」
と言って、
「……羽田センパイから、来年の夏までには、三振を……奪える……ように。」
オオーッ。
男の子だ。