【愛の◯◯】反省点の多い新入生歓迎

 

4月。大学は新歓シーズンである。

わたしの所属する「漫研ときどきソフトボールの会」というサークルに、早くもフレッシュルーキーが来てくれていた。

 

古性修二(こしょう しゅうじ)くんという男の子が今日もサークル部屋に来てくれている。

わたしは、

「古性(こしょう)くんは大阪出身なのよね。それにしては、関西弁が出ないわね。どうして?」

と訊く。

「標準語を練習したんです」

えっ。

練習……?

「で、でも、短期間ではなかなか、こっちのコトバは習得できないと思うんだけど」

「短期間ではなかったんです」

「ど、どゆこと」

「高校に入った時点で、この大学に入るって決めてたので。だからその時から、東京コトバを身につけようと」

へ、へぇ……。

「……『東京コトバ』かぁ。古性くん、面白いワードを思いつくのね、『東京コトバ』だとか。さすが短歌をたしなんでるだけはあるわ」

なぜか苦し紛れのごとく言ってしまうわたし。

「たしかに僕は短歌やりますけど、そのことと面白ワードの思いつきは、そんなに因果関係無いと思いますよ」

彼は苦笑い。

「それにそもそも、『東京コトバ』ってワード、だれでも思いつきそうですし」

マズい。

空回りしてるじゃないの、わたし。

おもてなし役の上級生に成り切れてないわ。

「羽田先輩。僕からひとつ、お願いがあるんですが」

「な、なにかしら」

「下の名前で呼んでくれませんか? 修二(シュウジ)って」

「……どうして」

「そのほうが、嬉しいからです」

「……そうなのね。わかったわ。『シュウジくん』って呼ぶわね」

「ありがとうございます」

シュウジくんはニッコリとして、

「あと――余計なことかもしれないんですけど」

「え??」

「羽田先輩って、凄いコトバづかいするんですね」

「ええぇ!?」

「まるで、昭和の翻訳小説の女性登場人物みたいな……」

 

× × ×

 

同年代の女子から逸脱した口調を指摘されたのが「トドメ」になって、シュウジくんの接待を幹事長のミナさんと副幹事長の郡司センパイに任せることにした。

『昭和翻訳小説の女性人物みたいな喋りかた』って言われたの、久しぶりかも。

 

肩を落としていたら、新たなるノック音。

ドア近くの席に居たので、開けてあげる。

ノックしたのは眞杉洋(ますぎ よう)くんだった。

彼もフレッシュルーキーである。

栃木県出身らしい。

「こんにちは……」

彼の挨拶に、

「こんにちは、眞杉くん」

と返す。

「どうもです、羽田先輩」

「わたしのこと、もう覚えてくれたのね? 嬉しいわ」

気持ちを込めて笑いかけてみる。

すると、フレッシュルーキー眞杉くんは、どうしてか下向き目線で、

「……覚えられないほうが、難しいかと」

ど、どーいう意味かな、それ??

戸惑っちゃうけど、とりあえず、

「わたしのほうだって……あなたのことは、もう良く把握してるのよ?」

「把握……ですか」

「フルネームはもう忘れないし。……それに」

「それに?」

「『足の速さ』」

「エッ」

「新歓ブースで言ってたでしょ、あなた。『足の速さぐらいしか取り柄が無くって……』って。それでわたし、『どれくらい速いのかしら?』って訊いて。そしたら、100メートル走の自己ベスト、教えてくれたでしょ?」

「あ……ハイ」

「眞杉くん。あなたの100メートル走の自己ベスト、わたしの彼氏の自己ベストより速いの」

 

「どういう、ことですか、それは……!?」

 

「あのね」

眞杉くんの狼狽(うろた)えを感じ取りつつも、

「アツマくん――わたしの彼氏より陸上競技の自己ベストが上な子って、知り合いには1人もいなかったのよ」

とぶっちゃける。

「彼氏さん、陸上部だったんですか?」と眞杉くん。

首を横に振って、

「違うわ。違うんだけど、」

と言って、

「ちょっと待ってね、眞杉くん」

と言いつつ、バッグからガサガサとルーズリーフを出して、ボールペンも出して、

「わたしの彼氏の陸上競技関連『記録』を、全部書くから」

と告げつつ、本当にアツマくんの『記録』を全部書き出す。

「これを見て、どういう感想を持つかしら?」

ルーズリーフを眞杉くんが見た。

見た数秒後に、彼はギョッとなる。

「オールラウンダーっていうレベルじゃないと思いますよ……これは」

「あなたが勝ってる種目は!?」

少し距離を詰め、問えば、

「100と200だけです。あとは全部……」

そう。

そうだったの。

「そうなのね、眞杉くん」

「はっハイッ」

「そうであるのならば、いっそう、あなたの100と200の自己ベストが、『光り輝く』」

「……」

「自信を持っていいのよ、大いに」

「……」

「あなたは、短距離走の速さだけじゃなくて、もっと全体的に、自信を持つべきだと思うけど」

「ぜ、全体的に、ですか!?」

「感じたのよわたし、新歓ブースで。『なんだかこの子はオドオドしてるわね』って」

「ぶ、ぶっちゃけるんですね」

「ぶっちゃけられたからには、自信をつけて?」

 

……「自信をつけて」発言が逆効果だったのか、眞杉くんはフレッシュルーキーらしくない俯(うつむ)きぶりを見せてしまう。

 

なんだか今日はわたし、反省点だらけね……。