【愛の◯◯】彼女をびっくりさせる準備はできていた

 

タイピングの手を止める。

そして、向かい合って座っている2年生女子ふたりを、眺めてみる。

羽田愛さんと、大井町侑さん。

大井町さん」

羽田さんが、

「寒いわね」

大井町さんに言う。

「寒いから……どうかしたの」

「寒いと、心配になるのよ」

「心配って。いったい、だれを」

「決まってるでしょ。大井町さん、あなたのことよ」

うろたえる大井町さん。

「あなたは独(ひと)りで頑張ってるでしょ? 独りだと、頑張りすぎちゃって、体調を崩しちゃうかもしれない」

『余計なお世話よ!』と反発するのかな、とも思ったけど、意外や意外、大井町さんは俯(うつむ)いて、なんにも言い返さない。

「ねえ、大井町さん」

沈黙の大井町さんに、羽田さんは、

ライフライン、っていう表現は大げさかもしれないけど……連絡してよ、『体調崩したかな』って思ったときは」

と言う。

小さな声で、

「あなたに……そこまで……頼る、理由なんて、無い」

大井町さん。

ここで、わたしのほうに、羽田さんは眼を転じて、

「秋葉さんも、大井町さんのコンディション、心配ですよね?」

と訊いてくる。

軽くうなずいたあと、

「心配だね。ひとり暮らしは、大変だよ」

と言うわたし。

「ほらぁ」

再び、大井町さんに向き直り、

「秋葉さんだって、あなたのことを気にかけてるのよ?」

と羽田さん。

大井町さんのうろたえは継続する。

「秋葉さんに感謝しないと」

羽田さんにそう言われるけど、コトバの出てこない大井町さん。

なんだか、弱ってる感じ。

弱ってるし、凹(へこ)んでる感じがする。

気落ちすることでもあったんだろうか。

アルバイト先で失敗したとか。

あるいは。

大井町さん。文学部キャンパスはもうじき、後期のレポートの提出日みたいだけど、レポートは仕上がってるのかい?」

微笑みかけながら、わたしは訊いてみる。

すると、彼女は目線を逸らしてしまった。

あらら。

触れたら、いけなかった??

 

× × ×

 

大井町さん、ラチがあかない、って感じだな。

羽田さんに突っぱねない彼女。

突っぱねられないぐらい、困ってることがあるのかもしれない。

大井町さんに、困難……か。

根掘り葉掘り訊くのも、刺激しすぎちゃうだろうし、やわらかーく、彼女を気づかってあげたいところだけど。

そう。やわらかーく。

ふんわりと、包みこむように。

 

どうすれば、彼女の助けになってあげられるのか。

それを、ノートパソコンで作業するフリをしながら、考えていた。

 

そうだ。

「あの手」があった。

 

ひらめいたわたしは、ポケットからスマホを取り出し、大井町さんからは見えないように、ポチポチと操作していく。

バイブレーションの音。

大井町さんが、自分のスマホのバイブレーションに気づく。

スマホ画面に眼を凝らす。

見開かれる眼。

焦り気味に、わたしに顔を向ける、大井町さん。

 

無理もない……かな。

彼女がびっくりするのは、予測できていた。