大学の授業が始まったから、文房具を買いたい。
そこで、早大通りにある某・文具店に行ってみることにした。
その文具店は大隈講堂からかなり離れた場所にある。
戸山キャンパスからお店までかなり歩いた。
距離はあるけど、『品揃えがとても豊富』という評判だから、期待して自動ドアの向こうに入っていく。
ちなみに、品揃えの豊富さに加えて、『名物店員がいる』という評判もある。
どんな店員さんなんだろう。
まず、ボールペンの棚に向かう。
なにはなくとも筆記用具。
棚に近づくと、おびただしい数と種類のボールペンが陳列されているのが眼に入った。
が、しかし。
眼に入ったのは、大量に陳列されたボールペンだけではなかった。
ボールペン棚の前に、学ランを腕まくりした男の人が立っていたのだ……!
ええっ。
ビックリ。
噂の名物店員さん……じゃ、ないんだよね??
普通、文具店の店員さんが学ランコスプレなんかしないでしょ。
だったらこの人なんなの。
学生!?
たしかに、あたしたちの大学、『バンカラ』のカタカナ4文字がイメージとして浸透してる大学だけど。
でも、学ランで通学するなんて、ほんのひと握りでしょ。
まさかこの人、『ほんのひと握り』の内に入るってコト?
しかもこの人、腕まくりしてるし。
バンカラってレベル超えてるよ。
令和なのに、この人の周囲だけ昭和空間……!
眼が離せなくなったあたし。
あたしの存在に向こうが気付いたらしく、眼と眼が合った。
時代錯誤な学ラン男子学生(?)は、あたしに配慮して、立つ場所を少しずらして、ボールペン棚の前にあたしが立てるようにしてくれる。
でも彼が作った空間には近寄れない。
気恥ずかしさというより、困惑。
あっちから、
「きみの邪魔してすまなかったね」
と声を掛けてきた。
「こ、こちらこそ、すみません。なんかあたし、ジロジロ眺めてるみたいになって……」
下向き目線になって、会話の相手もボールペンもマトモに見られない。
どうにもならないあたしに、
「きみ面白いねえ。新入生?」
という声が降りかかってくる。
軽いノリで訊かれた。
こんなにバンカラなのに、現代風のチャラさも!?
× × ×
なんと学生証を見せて自己紹介してきた。
篠崎大輔(しのざき だいすけ)さんというらしい。
4年生。
政経学部だということは、あたしとはキャンパス違い。ひとまずホッとする。
だがしかし。
ホッとするのも束の間、
「実は、次の授業、文キャンなのだよ~~」
と、不都合すぎる事実を、篠崎さんはあたしに直撃させてくる。
背中がヒヤリ。
153センチのあたしよりもだいぶ背の高い長身男子だから、威圧感があたしの全身を覆ってくる……。
というか、『文キャンなのだよ~~』って、どういう言い回し!? 昭和の言い回しっぽくない!? この男子(ひと)、21世紀生まれなんだよね!?
文キャンに出向くということは、オープン科目。
この上なく不都合なことに、あたしが次に出席する授業も、オープン科目……!
これは、つまり、
「あのっ。しのざき……さん?? あたし、文構の1年なんですけど、も、もしかして……」
× × ×
ビンゴだった。
あたしはこのあと、この男子(ひと)と同じ空間で授業を受けることに。
× × ×
名物店員らしき人には出会えずじまい。
名物店員さんの代わりに、奇特な男子学生がついてきた。
ついてきた、というのは、次の授業に向かうために、あたしの横で奇特な篠崎さんが歩いている、というコト。
まさか、『同じ授業なんだし、隣の席座ってもいい?』とか言い出さないよね。
そうなったら、彼が必然的に注目を浴びるせいで、あたしまで注目の的になっちゃうよ。
「日高ヒナさん」
あたしの名前をフルネームで呼んだのは、真横の奇特な篠崎大輔さんだった。
腕まくりの学ランをマトモに見れず、
「なんでしょうか」
と警戒を強めながら訊く。
「俺は教場でいちばん前に座るつもりだが、日高ヒナさんは俺と距離を取って全然構わないからね」
奇特な言い回し。
またあたしのコト、フルネーム呼びしてきた。
言い回しが奇特に加えて不自然だ。
あたしが注目の的にならないようにする配慮は感じることができた。
だけど、依然として不穏さは残る。
× × ×
「きみの『日高ヒナ』という名前だが」
ものすごく不都合にも信号待ちをする羽目になった某・交差点で、いきなり篠崎さんが声を発した。
「良い名前だ」
と言ってきて、さらに、
「『日高ヒナ』。リズム感がある」
と言ってくる。
リズム感ってなに。
どういう感性なのこの男子(ひと)。
そもそも、学ランを腕まくりして登校する時点で、別の世界を生きてるみたいな感性の持ち主なのは明らかなんだけど。
信号が青になった。
あたしと篠崎さんが受ける次の授業は、ジョルジュ・バタイユっていうフランスの思想家を取り上げるモノ。
篠崎さん、どういう興味で、こんな科目を選んだのやら……。