【愛の◯◯】感情の痛み

・葉山とのTEL

 

『工藤くん、京都大学、受かったのね。

 よかったね。

 

 …八重子は、手放しで喜べないかー』

 

「わたしが2浪しなかったのが、何よりよ。

 

 工藤くんは、工藤くん」

 

『ふたりとも、受験戦争から解放されたってわけね』

「そう、それがなによりだよ」

『でも本音は寂しいんでしょ』

 

「どうしてわかるの……」

 

『(笑いながら)羽田さんみたいなこと言うわねw』

 

「あのさ、

 きょうの午後、なんだけど。

 

 工藤くん、新幹線に乗っちゃうの」

 

『それってつまり、京都に引っ越していっちゃう、ってことでしょ?』

 

「そう。

 予備校の仲間で、東京駅で、工藤くんを見送ろう、ってことになってるんだけど」

『八重子は迷ってるんだ。

 というより、ためらってるんだ、そうでしょう』

 

「よくわかるね、葉山は…」

 

『工藤くんが東京から出ていく。

 ーー去っていく怖さ。』

 

「わかる?」

『登場人物の心情を理解するのは得意だから』

「なにそれ、受験現代文みたいw」

 

「葉山こそ、京都大学受けてみたらいいんじゃないの?」

『突拍子もないこと言うわね』

「きっと受かるよ、今からでも」

『買いかぶりすぎ』

 

「あ……でも、

 

 これからどうするの、みたいなこと、葉山に言ったら、焦っちゃうよね」

 

『八重子こそ、これからどうするの?

 行くの? 行かないの?』

 

「ーー東京駅に?」

 

『超余裕で間に合うんじゃないの、あなたのとこからだったら』

 

「たしかに…そうね。

 間に合うけど、間に合っちゃうからこそ、

 布団の中でこうして悩んでるの」

 

『悩むし、焦るよね。

 わたしだったら、一生布団から出られないくらい考えたあげくーータイミングを逃しちゃうと思う』

 

「葉山は、行ったほうがいいと思ってるの?」

 

『(優しい声で)それは、わたしが決めることじゃないよ。

 

 八重子、あなたが自分で、もう少しだけよく考えてから、見送りに行くか行かないかは、決めたらいいと思うよ。

 自分の意志で』

 

 

× × ×

 

 

・小泉とのTEL

 

「自宅待機だからって、テレビばっか見てるんじゃないでしょーね」

『言うと思ったww』

「見てるんだ。

 あきれた。

 あきれた、けど…小泉なら絶対そうしてると思った」

『わたしの母さんね、

『テレビばっか見てるとバカになっちゃうよ』とか、

 いちどもわたしに言わなかったんだ。

 わたしの趣味に理解を示してくれて』

「もうあんたは趣味の領域を超えてるよ」

 

『ーーわたしの様子が気になって電話してきたの?』

 

「あいにく、それはタテマエ」

 

『じゃ、ホンネは?』

 

「わたし、迷ってるの」

『なにを?』

「京都に引っ越す男の子を、東京駅まで見送りに行くかどうか」

『男の子、かぁ』

「こ、小泉には、経験ないかもしれないけど」

『あ~』

「あ~じゃないよ……。

 あのね。

 工藤くん、

 の、こと、

 小泉に話したこと、あったっけ?」

『コンテストに出てたよね』

「あんた、放送局のことだけじゃなくて、放送部のことにも詳しかったの!?」

NHK好きだし』

「いっそのことNHKに就職しなさいよっ」

『脱線してるぞ~ww』

「💢」

 

「ーー知ってるなら、話早いね。

 

 予備校で1年間同じクラスで、

 彼とケンカしたり、

 彼に泣かされたりした。

 

 丸く収まったと思ったら、

 3月は、春は別れの季節で、

 もう会えないかもしれないと思うと、

 未練タラタラで」

 

『…京都なんでしょ?

 工藤くんが東京に来る機会なんて、ゴマンとあるでしょうに』

 

「それじゃあ……、ダメだと思うの。そういうことを、期待していたら」

 

『なんで?』

 

「未練がましいのが許せないんだよ。

 未練がましい自分が、許せなくなるの」

 

『自己嫌悪?』

 

「……」

 

『自己嫌悪は、振り切ったほうがいいよ』

「どうしたら振り切れるっていうのよ」

決まってるじゃん!

 工藤くんにきょう会って、ケジメつけるんだよ!

 

「…どうしてそう言い切れるの。

 小泉のくせに」

 

『…わたしも、最近、ケジメつけたばっかりだから』

 

「えっ…それ、それどーゆーこと!?」

 

『ごめん、詳しいことは、言いたくない。まだ、言える状況じゃない。

 

 関係が深かったひとと、つながりを切ったの。

 いま言えるのは、それだけ』

 

「小泉……!」

 

『でも、わたしはケジメはつけるべきだと思うよ。

 東京駅で、あんたが工藤くんに何を言うかは、もちろんあんた次第だけど。

 

 

 …行かなきゃ、もったいないよ。

 もったいないオバケが出ても知らないよ』

 

 

 

 

× × ×

 

あっけらかんとしているようで、

小泉も抱えているものがあったことを知った。

 

小泉と、『感情の痛み』を共有できた気がしたから、

わたしはベッドから這い上がった。

 

予備校のグループLINEに「行く」と伝えた。

夢中で着替えて、

夢中でマンションを出て、

夢中で電車に乗ったけれど、

 

わたしのもうひとつの母校である予備校に立ち寄ってからでも時間があることに気付いて、

感傷に浸るのもこれが最後だと思うと、

途中下車していた。 

 

 

そう、あの予備校のボロい校舎を見ていたら、

 

工藤くんに伝えられることばも、

 

浮かんでくると思って。