【愛の◯◯】触れて、握って、そして

 

終業式。

明日から冬休み。

 

クリスマスには登校できないので、放送部の教え子たちのために、前倒しでケーキを買ってきてあげた。

放送室兼放送部室で、引退した前代部長の仰木(おおぎ)さんも加わって、女の子たちがケーキを味わっている。

わたしは顧問だし、別に食べなくってもいいかって思っていたんだけど、

『小泉先生も食べてくださいよ~』

と促されたので、いま、少し離れたところで女の子たちの様子を眺めながら、ケーキが乗った紙皿を持っている。

「8等分したから、余っちゃったわね。あと2つ、だれが食べる?」

新部長の尾石(おいし)さんが言う。

即座に中嶋小麦(なかじま こむぎ)さんが挙手し、

「はいはいはーい、わたし、食べる!! こーゆーのは早いもん勝ち」

と大きく元気な声で言う。

「言うと思った。『早いもん勝ち』だって」

そう言いながら、苦笑いで小麦さんの紙皿に余りのケーキを乗せる尾石さん。

「残り1つはどうする?」

前代部長・仰木さんが後輩のみんなに訊く。

「仰木センパイが食べませんか? やっぱりここは、最年長の女子(ひと)が……」

尾石さんが言いかける、のだが、

「素子(もとこ)ぉ」

と、含み笑いで仰木さんが尾石さんを見つめて、

「最年長はワタシじゃないぞ。小泉先生だろ?」

「あっ……! た、確かに」

慌てた尾石さんがわたしのほうに振り向いて、

「小泉先生。放送部のみんなの『おつかれさま』のキモチを籠(こ)めて、残り1つのケーキを先生に贈りたいと思います」

「大げさだねえ」

と言いつつも、

「ありがとう」

と感謝して、残り1つのケーキを貰(もら)う。

するとここで、なんと「おかわり」のケーキをもう食べ終えていた小麦さんが、

「小泉先生は、冬休み、予定とかあるんですか~?」

と訊いてくる。

ドクン、と胸の奥の音が鳴る。

「な、なかなか遊んだりは、できないかなー。教員だから」

ケーキの乗った紙皿を持つ手が少し震える。

「んー、忙しいんですかぁー」と小麦さん。

「い、いそがしいよ!?」とわたし。

小麦さんは、右のほっぺたに人差し指を当て、上目遣いでなにやら考え始めたかと思えば、頭上で電球が点(とも)ったかのごとく眼を見開き、

「ソボクなギモン、言っていいですかぁ?」

悪寒をおぼえつつ、

「わ……わたしにとってすっごく不都合なギモンじゃなかったら、言ってもいいよ!?」

と返すのだが、

先生はー、デートとかー、しないんですかー??

と、とてつもなく不都合な疑問が投げつけられたので……つらくなり、取り乱す。

 

× × ×

 

取り乱してしまったので、早口でお説教みたいなことを小麦さんに浴びせてしまった。

教え子を叱ることが滅多にないわたしだったんだけど。

 

× × ×

 

……実のところ。

 

× × ×

 

夜になって、学校絡みの人間に目撃されないかどうか不安を抱きつつも、某駅の出入り口付近の柱の前に佇(たたず)み、やがて声を掛けてくるであろう人物を待つ。

昼間とは違う服装で。

 

『やあやあ』

 

陽気な声が耳に届いてくる。

声がしたほうに向き、わたしは、

「元気だね。大川くん」

と、同い年の男の子に、言ってあげる。

 

× × ×

 

発端は去年の教育実習だった。

実習の帰り道で呼び止められ、実習生同士で晩ごはんを食べた。

大川くんは結局一般企業に行ったから、2人で晩ごはんを食べただけの関係で終わる可能性のほうが高かった。

ただ、いつでも高い可能性のほうになるとは、限らない。

関係性は途切れなかった。

紐の結び目は未(いま)だ解(ほど)ける気配が無い。

 

スパークリングワインで乾杯してフルコースが始まった。

食べては語り、食べては語りを繰り返す。

内容は近況報告、だけではなく、放送オタクのわたしからは年末年始特番のムダ知識を、ゴリゴリの理系の大川くんからは難解な科学技術にまつわるトピックスを。

話題が共有しづらいように見えて、実際は不思議と波長が合う。

 

× × ×

 

スパークリングワインで少し火照(ほて)った。顔の赤みを見られたくなくて、大川くんの前を歩く。

息を吐いたら、白かった。

「それにしても、きみは本当に面白いね。好奇心をくすぐる話題がポンポン飛び出てくる」

背後から大川くんの声が聞こえた。

「大川くんだって面白いよ。理系過ぎてなんだかよく分からないこともあるけど、興味をそそられるワードが次から次へと出てくるから」

「いやいや、小泉さんには完全に負けるよ。おれの情報のストックなんて小泉さんの3分の1ぐらいさ」

「そんなことないよ」

「そう思う? だったら2分の1に上方修正だな」

「そうして」

「アハハ」

彼の笑い顔には振り向かない。

熱を帯びる顔面がなかなか冷めてくれないから。

『面白い』ってホメられたから熱くなっているわけじゃない。スパークリングワインの酔いで熱くなっているに過ぎない。

酔いが覚(さ)めないから、冷(さ)めない。

勢い余って、立ち止まる。

「どーしたの小泉さん。もしかしたら、飲み過ぎちゃった感じなの?」

純粋に心配してくれるキモチが入った彼の声。

「だいじょーぶだよ、わたしなら」

そう言い切って、振り返る。

わたしがジットリと目線を合わせるのが、大川くんには予想外だったようだ。軽い驚きの顔。

黙って彼の目前まで近づいた。

それから、

「今日は、帰るよ」

と告げて、

「29日ぐらいからは、1日中部屋のテレビに張り付いてると思うし……今年はもう会えないだろうから、『良いお年を』だな」

ときっぱり言って、

「今夜は、わたしを楽しくさせてくれてありがとう」

と言うと同時に、右手を差し出して、それからそれから、彼の左手に、触れる。

触れてから、握ってみる。

握ってみてしまったから、顔が下向きになってしまう。

落ち着きたくて、今年のNHK紅白歌合戦の出場者を五十音順に思い出そうとする。

でも、くすぐったい恥ずかしさが強すぎて、うまく思い出せず、大川くんの左手を握る強さが増してしまう。

対処できなくなっちゃう。