【愛の◯◯】新田くんに偶(たま)には優しく

 

日曜の朝も平日と同じ時刻に起き、朝ごはんを食べ、部屋の掃除をする。

整った部屋を眺めて、軽い満足を味わっていたら、充電ケーブルに繋いでいたスマートフォンが振動した。

母からの着信だった。

 

× × ×

 

「侑(ゆう)。なんだかあなた、話す声が柔らかくなったわね」

母の指摘にびっくりする。

「や……柔らかくなったっていうのは、いったい」

「前はもっと尖ってたでしょ」

「尖ってた?」

「ツンツンしてたってことよ」

母はなぜか嬉しそうに、

「今年の春とか、すごいツンツン具合だったわよ? ほらほら、あなたが急に怒りを爆発させちゃって、一方的に通話を切っちゃったことがあったでしょ」

「そ、そのことを蒸し返すのは、やめて欲しいかも」

「『とうとうあなたにも反抗期が来たのかしら』って思っちゃった」

「お、お母さんっ!!」

「通話を切られた直後は戸惑ったけど、あとでちょっと嬉しくなっちゃったのよ」

『嬉しくなっちゃった』って。

「『通話ブチ切れ事件』を起こしたときのあなた、ピンチだったみたいだけど。お友達が助けてくれて良かったわよね。羽田愛ちゃんって娘(こ)なのよね?」

「……そうよ。助けてくれたのは、愛」

「彼女のおかげでピンチを切り抜けられて」

「お母さん。過ぎたことの話を、いつまでするつもりなの?」

「続けさせてよ」

「い、イヤだ」

「続けさせて。」

「……」

「あのピンチを切り抜けてから、侑は変わった気がするの」

「えっ?」

「声が柔らかくなったっていうのも、変わった証拠」

母は、

「『前より優しい女の子になれた』って――そう感じてるわ。お父さんも、『侑は優しい方向に成長してる感じがするね』って、昨夜(ゆうべ)言ってたわよ」

わたしが……優しく……?

優しい女の子に……!?

 

× × ×

 

学生会館5階の『漫研ときどきソフトボールの会』サークル室に来ている。

現在の在室者は、わたしと新田くんの2人。

席が向かい合ってはいるんだけど、お互い漫画を黙読しているので、コミュニケーションは産まれていない。

わたしは『ルパン三世 異世界の姫君』という漫画を読んでいた。

読みながらふと疑問が芽生えてきたので、

「新田くん」

と呼び掛けてみる。

「ん、なに」

漫画単行本から顔を上げる新田くんに、

「『ルパン三世』のことなんだけど。

 ルパン三世は『アルセーヌ・ルパン』の孫。

 五エ門は『石川五右衛門』の末裔。

 銭形警部は『銭形平次』の子孫。

 ――そんな設定だったわよね」

「そうだよ」

新田くんは首肯。

「だけど」

とわたし。

「だけど?」

と新田くん。

わたしは、

次元大介は、どうなの?」

「え? ど、どうなの、とは」

次元大介は、だれかの子孫だったりするの? 漫画ハカセの新田くんなら、知ってるんじゃないかと思って」

口ごもる新田くん。

あら?

「てっきり新田くんなら知ってるものだと――」

言いかけて、彼の眼が泳いでいることに気がつく。

困惑?

焦り?

こんな挙動になるなんて。

『痛いところを突かれた』っていうことの裏返しみたいなものかしら。

……そっか。

いくら新田くんでも、知らないこともあるのよね。

今朝の母との通話。

あの通話で、『前より優しくなった』と両親がわたしのことを思っているのを知った。

基本的に新田くんには厳しく接するわたし。

厳しく接する理由は割愛するとして、たしなめたり、問い詰めたり、罵倒したり……そんなケースが多かった。

だけど。

今日はちょっと、「接しかた」を変えてみようかしら。

攻撃的な態度の「反対」になってみる。

せっかく両親が『優しくなった』と思ってくれているんだから、試しに新田くんの前でも、『優しい女の子』になってみる。

もちろん今日限定で……ね。

「――いいえ悪かったわ、新田くん。なんだかあなたを追い詰めるみたいになっちゃってた」

優しく首を横に振るわたし。

「素朴な疑問だったから、ぶつけてみたんだけど」

優しい気持ちを籠めた目線でもって、

「答えづらい疑問をぶつけてしまったみたいで――ごめんなさい」

と謝る。

ショボン、とした新田くんは、

「……まあ、次元大介だけじゃなくって、峰不二子にしても、『だれの子孫か』とか、なにか裏設定があるのかもしれないけど」

と言って、

大井町さん、いまのきみの指摘はすごくクリティカルヒットだった。長期休暇が終わるまでに、調べておきたい」

と言う。

しかし、彼は依然ショボーン状態だったので、『優しくいたわるココロで接しなきゃ』と思って、

「そんなに落ち込む必要もないでしょ?」

と、柔らかーく励まして、

「ね?」

と、さらなる励ましのために笑いかけてみる。

わたしがこれまでにないレベルの優しさを発動させているからか、却(かえ)って硬く緊張している感じもある新田くん。

優しさでほぐすのも、難しいものね。

「新田くん。今日限定の大サービスよ」

素早くスケッチブックを取り出したわたしは、

「イラストを描いて、あなたにあげる。『ルパン』の話になったから、銭形警部かクラリスのどちらかを描く」

「その2択ってことは……『カリオストロ』」

「もちろんよ」

「俺……クラリスがいいかな」

「新田くんらしいわね♫」

宮崎駿は……なぜ……島本須美を干したのか」

「完全にひとこと多いわよ~♫」

「あと、クラリスといえば……俺、音楽ユニットのClariSクラリス)の楽曲だと、『nexus』が最高傑作だと思うんだ」

要らないコトバを付け加えるのが得意なのね~♫