葉山先輩のお家(うち)に来た。
某世田谷区的なトコロに所在しているというコトになっているのだがそれはそうと、
「消耗してるんじゃないですか、センパイ? 昨日お邸(やしき)であすかちゃんや利比古と会って、今日はお家でわたしを出迎える。なんだか慌ただしくないですか」
「そんなことないわよ。大丈夫よ」
そう言って笑ったあとで、
「でも、ちょっぴり『癒してほしい』キモチもあるかなーって」
とセンパイ。
「それはつまり、わたしに寄り添ってもらいたいと」
たぶん、
「今センパイが座ってるベッドまで来てほしいんでしょ」
「羽田さん大正解」
すぐにカーペットから腰を上げる。
彼女のベッドに歩を進め、右隣にぽすん、と座る。
さりげなく左手をセンパイの間近に置いてみる。
センパイが右手を重ねる。
やわらかい感触。
「センパイ」
呼びかけて、
「どれぐらい、こーしてますか?」
「寄り添う時間を、いつまでにするか?」
「そーです」
「そうねえ……」
照れくささの混じった声で、
「羽田さん、あなたが、わたしの頭をナデナデしてくれるまで」
「えー」
わたしは、
「ナデナデは今すぐにでもできるじゃないですかー。寄り添いタイムがすぐに終わっちゃうじゃないですかー」
「だったら」
甘えん坊な声で、
「できるだけ、焦(じ)らしてよ」
「頭ナデナデされるのは最後まで取っておきたいと?」
「頭の回転早いね、羽田さん。流石だわ」
× × ×
頭ナデナデが食事をする合図になった。
食べ終えて、センパイのお部屋に戻る。
再びベッドに着座のセンパイの眼の前でカーペット座り。
漫画本が何冊も散らかっている。
散らかっているのはいいんだけど、竹書房のコミックスが何冊も眼について、
「懲りないんだから、センパイも」
と思わずつぶやく。
「あなたも読んでいいのよ?」
「いえ、麻雀漫画は趣味じゃありません」
「じゃ、『ラーメン大好き小泉さん』は? 竹書房つながりというかなんというかで」
「あー」
『ラーメン大好き小泉さん』の単行本を拾い上げて、
「これ、面白いですよね」
と言うが、
「『小泉さん』。小泉さん、といえば……」
「もしかして、小泉小陽(こいずみ こはる)のハナシに持っていこうとしてる?」
「よくわかりましたね。無理矢理に持っていこうとしちゃった感じですけど」
小泉小陽さん。
葉山先輩の同期の親友。
もうすぐ切り替わる紙幣の肖像画のお人が作った大学を卒業し、『泉学園』という学校で教師をしている。
「小泉の教師生活1年目も、もうすぐ終わりか」
「感慨深げですねセンパイ」
「『無事にやり遂げられるんだろうか?』って心配だったけど」
「やり遂げられているみたいで、安心ですよね」
「ホッとしているわ」
ここでわたしは、壁掛けカレンダーをわざ~とらしく見つめて、
「今日は祝日なので、『小泉先生』もお休みなはずです」
センパイがニヤリとした顔になり始めて、
「どう過ごしてるのかしらねえ?? 気になってしょーがないわ」
彼女のプライベートを想像するのが楽しいのは、わたしも同じ。
想像というか「妄想」だけど、ね。
× × ×
『小泉先生』にまつわる◯◯なトピックを1時間近く喋り続けたわたしとセンパイ。
「ところで」
と不意にセンパイが言って、
「羽田さんも教員免許を取るんでしょう?」
「取りますが」
「あなた哲学科だから、社会科教師の免許よね」
首肯(しゅこう)すると、
「小泉とおんなじね」
「そうなりますね。でも、それがなにか?」
「教師を目指すのも、いいんだけど……」
「ちょっとちょっとセンパイ。まだ確定じゃないんですから、進路は」
なぜかセンパイは、わたしのツッコミをスルーするようにして、
「あなたは家庭教師としてもとっても優秀になれると思うの」
「家庭教師? カテキョー……?」
「そうよ」
センパイが姿勢を正した。
センパイの動きに連動するように、わたしの背筋も伸びる。
「まだ2月下旬だけど」
陽の光にきらめく窓をバックにして、
「今年1番のお願いを、したくって」
と、センパイは。
ざわめくわたしの胸。
「羽田さん。わたしの家庭教師(カテキョー)になってよ」
さらにざわめくわたしの胸。
返すコトバが出てこない。
「びっくりしちゃった?」
彼女は、微笑み満点に、
「いきなり家庭教師(カテキョー)の依頼だなんて、びっくりしちゃうのも無理ないわよね」
と言ったあと、
「だけど、あなたなら『なれる』と思うの。……そう。あなたなら、なれるわ。わたしの、最高の、家庭教師(カテキョー)に」