もう少し眠っていたかったところを愛に叩き起こされた。
朝食後、即大掃除。
「シャッキリしないわねー。ほんとーにもう」
緩慢に窓ガラスを拭いていたら、容赦なき声が飛んでくる。
「眠いの!?」
おれは正直に、
「ねむい」
「あなたの背中にパンチしてあげようかしら」
「なんだよ。暴力で眠気覚ましってか」
「暴力じゃない! 愛情の籠もったパンチよ」
愛が窓際に近寄ってくる。
「ま、たまにはおまえにパンチされるのもアリかもな」
「パンチされることに前向きなのね」
「早く背中にパンチをかましてくれ」
「じゃあ、いくわよ?」
背後で愛が握りこぶしを引く気配がする。
気配がしたと思ったら、叩かれた。
「今年最後の本気パンチだったな」
「どうよ? 眠気はおさまった?」
「ちょっぴし」
「パンチされ足りないの」
「んーー」
「び、微妙な反応はNG」
クルリと振り向き、愛を見下ろす。
右手を愛の頭頂部に置き、撫でてやる。
「ちょっとっ!! アツマくん、もしかして寝ぼけてる!?」
「寝ぼけてねーよ」
× × ×
頭をナデナデされたからか、顔を赤く染めながら、愛は昼飯を作ってくれた。
「アツマくん、食後のコーヒーを飲みなさい」
「命令形?」
「命令よ。お昼寝をさせたくないの」
「なぜ」
「大晦日の前日だからって、怠けてほしくないのよ」
お湯が沸いたので愛はキッチンに行き、コーヒーを作った。
ダイニングテーブルに持ってきて、
「はい。ストロングなコーヒーよ」
「ストロングって。ストロングゼロを思い浮かべちまうだろ」
苦笑しながら言うおれに、
「あなたバカじゃないの」
「残念だったな。おまえは炭酸NGだから、ストロングゼロ飲めないんだよな」
「……」
「ストロングなコーヒー、いただきます」
ぐいぐいストロングコーヒーを飲んでいったあとで、正面の愛に眼を転じたら、そっぽを向いてふてくされている。
優しくしてやろうか……とも思ったが、そっとしておくほうがベターだと感じ、席を立って、リビングの本棚に移動する。
本棚の前に立って、『今年は、この中でなにを読んだっけか?』とサーチしていく。
それから、本と一緒に本棚に納めていたノートを取り出す。
取り出した小型ノートは、おれ専用の読書記録だった。
読書記録といっても、読んだ本の感想を詳しく書くわけではなく、読んだ日付・題名・著者・出版社をメモるだけ。
おれは今年読んだ本の総数を確かめた。
29冊だった。
「それってあなたの読書記録ノートよね。今年読んだ本の数でも数えてるの?」
愛が声を飛ばしてきた。
「BINGO(ビンゴ)」
「いったい計何冊だったの」
「29冊」
「ダメじゃないの。30冊に届かないなんて」
「いや、仕事で忙しい中、29冊も読めたのは立派だろ」
「あなたには30冊以上を求めるのよ。4番打者に30本以上のホームランを求めるように」
なにそれ。
「30って数字にこだわってるけど、30本未満で本塁打王取った選手だっているだろ?」
「余計なこと言って話を脱線させないで」
しょうがないパートナーなこった。
読書記録を本棚に戻し、愛に視線レーザーを伸ばす。
そしてそれから、
「おまえはどーなんよ? 今年読んだ本の総数。200は超えるよな。安打製造機なんだから」
「読書の『安打製造機』だとか、ありがたくない称号ね。そんな称号、いただきたくないわ」
「それで、総数は?」
不機嫌そうだった愛が、表情を柔らかくし始めた。
ルンルンに微笑み始める。
おい。
なんじゃいな。
「あなたは、今年わたしがトーストを焼いてあげた回数を憶えてるの?」
「……」
「どうなの~?」
「既視感のある言い回しなんだが」
「トーストを焼いてあげた回数を憶えてないのなら、フレンチトーストを作ってあげた回数は?」
「は!? そんなの記憶に残ってねーよ」
「ホットケーキを作ってあげた回数」
「それも記憶に残っとらん」
「薄情ね」
「なにが」
ここで、愛がやや照れ笑いになり、
「わたしがホットケーキを焼くのを失敗した回数だったら、数えられるんじゃないかしら」
う……。
「ホットケーキ失敗の様子は、ちゃんとこのブログの過去ログに記述されてるのよ?」
「そ……そんなに、過去ログ、PRしたいか」
「わたしが今年の読書総数を晒すよりも、よっぽど生産的だわ」
愛さん。
なにが生産的でなにが非生産的なのかの見極めを、もう少し……。