都心の大型書店に来るなんて、久しぶりかも。
きょうは、参考書と、なにか一冊本を買おうと思って来た。
本を買ったあとで、大学終わりのアツマくんと落ち合うことになっているのだ。
ちくま学芸文庫あたりの棚を見る。
……背表紙の文字を眼で追っても、ビビッとくるものがない。
前よりひどくなってる。
知的好奇心が、落ちているんだろうか。
読書のちからが下がっているのを感じる。
年始めに、「読書にとっていい年でありますように!」と願ったのに。
なんだか――中等部時代の貯金で、どうにかなっている感じ。
年を追うごとに、読書量は急降下――。
なーんて。
自分に失望してても、しょうがないよね。
前を向かないと。
ちくま学芸文庫の白い背表紙に向かって、わざとらしく笑ってみた。
もうちょっと、読書でもがき苦しんでみたい。
本は手放したくないし。
読書愛が、消えてしまったわけではないから。
けっきょく、参考書に加え、一冊ではなく二冊文庫本を購入した。
5月のお小遣い、大ピンチ。
× × ×
10分遅れで待ち合わせ場所に来た。
アツマくんはそこにいた。
ただし、
見知らぬ高校生の女の子と、なにやら会話している。
たしかあの制服、利比古が通っている桐原高校の制服。
とすると。
「来たわよ」
「おー、待った待った」
「ごめんね、待たせて」
「やけに素直だな……」
さっきまでアツマくんと話していた女の子が、わたしたちの顔を交互に見た。
「もしかして、放送部部長の甲斐田さんじゃない?」
わたしは彼女に問いかけた。
当然のごとく、彼女は『どうして知ってるの!?』と言いたげに驚く。
「わたし、羽田利比古の姉の愛です。弟がいつもお世話になっております」
× × ×
つまり、こういうことらしい。
中間テストで学校が早く終わり、参考書を買い求めに甲斐田さんもこの書店に来た。
すると、入り口付近でアツマくんとばったり会った。
甲斐田さんとアツマくんは、利比古の入学式のときに面識があった。
アツマくんのほうから、甲斐田さんに声をかけて、それでわたしがやって来るまで立ち話をしていた。
立ち話もなんだから…と、3人でカフェに入ることにした。
もちろん代金はアツマくんの全持ちだ。
甲斐田さんと真向かいに座っている。
わたしより背がだいぶ高い。
167、8センチってところかしら。
うらやましい。
わたしより大人びたルックス。
桐原の制服を着ていなかったら、高校生とは思えなかっただろう。
うらやましい。
でも…、
「そんなに恐縮そうにしなくてもいいんだよ、甲斐田さん」
「あ、はい」
「甲斐田さんの下の名前ってなんなの」
「しぐれ…です」
「同学年なんだから敬語使う必要ないよ」
「いつになく積極的に絡んでるなおまえ」
「いいでしょーが。友達になりたいんだもん」
また、彼女が、隣同士のわたしたちふたりを交互に見た。
「よろしくね、甲斐田さん。
あ、わたしのこと『愛』って呼んで?
利比古のことも『利比古』って呼んでいいから」
「おいおい、いきなり強引だな」
「その代わりわたしも『しぐれちゃん』って呼ぶから」
「…どうしよーもねーな、おまえ」
うるさいアツマ。
「……『愛』って、いい名前だね」
「え、ほんとう!? ありがとうしぐれちゃん!!」
「どういたしまして、愛さん」
しぐれちゃんの緊張がほぐれる。
うまくやってるんじゃない? わたし。
しばらくお互いの学校のことを情報交換して、
「ね、しぐれちゃん、そっちの席来ていい?」
「隣に? 連絡先でも交換したいの?」
「ダメ??」
「全然いいよ。
でも、そのまえに、愛さんにひとつ訊きたいことがあるんだけど」
「ん???」
「愛さんに、というより、おふたりに――かな」
も、
し、
や、
「――愛さんとアツマさんって、どんな関係なの?」
言、
わ、
れ、
て、
し、
ま、
っ、
た、
「……さっきまでのテンションはなんだったんだ、このお調子者。」
弱々しく、「だって…」とつぶやくのが精一杯だった。
アツマくんは続ける。
「一緒に住んでる」
「ふたりで……ですか」
「んなわけない。おれの邸(いえ)に姉弟で居候してる」
「居候…」
「いま6人暮らしだから、にぎやかだぞ。
遊びに来るか?
おれんち、広いし」
微笑みながら、「行きたいかも」と率直に気持ちを表明するしぐれちゃん。
「いつでもいいぞ」
「い、いつ来てもいいからさ、とりあえずわたしと連絡先交換しようよ」
「なにテンパってんだ」
「うるさいっ」と椅子から立ち上がって、とりあえずアツマくんの頭を軽く小突いた。
そしてしぐれちゃんの隣に席を移し、スマホを出し合った。
「ごめんね、めんどくさくって、彼」
「おまえもな」
「ほっとこほっとこ♫」
わたしたちふたりのやり取りが、可笑(おか)しかったのか、微笑ましかったのか、クスッと笑うしぐれちゃん。
ただ、
微笑みのなかに、寂寥感(せきりょうかん)のようなものが混じっているのを、わたしは見逃さなかった。
顔で笑って、心で泣いているようでもあった。
× × ×
しぐれちゃんとは別の、帰りの電車。
並んで吊り革につかまる。
「あんまりひとりで突っ走るなよ。…ったく」
「アツマくん、」
「あぁん?」
「あぁん? じゃないわよ。
アツマくん、しぐれちゃんには、優しく接してあげなきゃダメよ」
黙って、キョトンとするだけ。
なんにもわかってなさそう。
行間を読めっ、アツマ。
わたしは読書量が激減していても行間を読むことは得意なんだからねっ。