【愛の◯◯】どこまでも見続けてやる面倒

 

朝のコーヒーを作っていたら、背後で寝室のドアが開く音。

振り向く。

そこには、グッタリとした愛の姿。

テンションの沈み込みが見られる。どよんどよん、という擬音が聞こえてきそうだ。長い長い栗色の髪に幾つかの寝グセ。消耗を強く感じさせる寝グセだ。

お湯が沸く。コンロの火を止める。愛のオデコの辺りに視線を当てる。そしておれは柔らかに、

「どうした? コンディション不良か?」

と言ってやる。

「……」と床を向いて口ごもるおれの相方。

しかし、やがて、

「……そうなの。アツマくんの言う通りなの。不良なの。」

と言ってくれる。

それから、

「先週は、アカちゃん宅に泊まったり、あすかちゃんと『デート』で遊び倒したり、楽しくて充実してた。でも、充実し過ぎちゃってたみたい……」

「はしゃぎ過ぎたんだな」

「ありがとう、一言で要約してくれて」

苦笑いの美しい顔に加え、苦笑いの混じった澄んだ声で、

「わたしのコトを1番分かってくれる。だから、あなたのコトが世界で1番好き」

ったくー。

おまえの発言で気恥ずかしくなるというよりも、むしろ、面白おかしい気分になっちまうじゃねーか。

ま、いっか。いいよな。いいのだ、これでいいのだ。

いろいろと納得したおれは、コーヒーを作り上げる前に、不調の愛の目前まで歩み寄ってやる。

「美味いコーヒーだけじゃ、立ち直れるとは思えんから」

そう言いつつ右手を頭頂部にぽん、と乗せ、

「ゆっくり休め。幸いにして大学の後期もまだ始まらない。おまえは今日は1日OFFにするんだ。OFFにしなかったら、怒るからな?」

愛の頭頂部をひたすらにナデナデ。ナデナデし過ぎなぐらいが今のコイツには丁度いい。

「あなたの言う通りにするわ。不要不急の外出はしない。食料品も冷蔵庫に充分にあるし、お昼は簡単なモノで済ませる。簡単なお昼を調理する余力ぐらいならあるから」

うむうむ。

「愛」

コンロの方に向き直りつつ、

「後で、おまえの寝グセ、ちゃんとしてやろうか?」

愛はしばらく答えない。答える術(すべ)を見失っているのだ。

すなわち、おれの発言に、デレている。

おれの読みに間違いがあるワケが無い。絶対に、背後で立ち尽くしながら、顔を真っ赤にしている。

 

× × ×

 

宣言通り寝グセを直してやった。寝グセの内の20%は、『わたしが自力で何とかする!!』と愛自身で直していたが。

おれがそれなりに助けてやらないといけない程度にはくたびれの御様子であった。

 

玄関で1分間抱きつかれたのには困ったが、爽やかに出勤し、爽やかに午前のお仕事をこなした。

面倒くさい知り合いが店に来なかったのも良かった。

ストレスフリーのままに昼休憩をしていたら、愛がスマートフォンに画像を送信してきていた。

ウサギのぬいぐるみが写っている。黒ウサギのぬいぐるみが昔からの愛の「愛玩物(あいがんぶつ)」であった。しかし、画像に写るウサギは黒ではなかった。白だった。因幡の白ウサギのお話が書かれた絵本の挿絵に描かれるような白ウサギである。

メッセージが添えられている。

『この白ウサギちゃんを1時間近くフニュフニュし続けても飽きなかったわ。そして、お昼ご飯は中華風オムライスを作った』

ふーむー。

『フニュフニュ』という擬音。『そして』という接続詞。メッセージに多少の疑問は抱く。だが、調子は悪化していないみたいだから、問題ナシだろう。

にしても、中華風オムライス作ったんかいな。かなり低調なのに、中華風オムライスを1人で作り上げられる。NHK日本テレビのお料理番組に出てくる人顔負けのスキル……。

おれの相方はスゴいよな。あらためて。

 

× × ×

 

「良い子にしてたか? 不要不急の外出をしないで過ごせたか?」

おれは訊く。

愛は、背中をソファにぴったりくっつけてダラけ体勢。しかし、前向きさが感じられる声で、

「うん。あなたとの約束、守った」

「よっしゃ」

帰宅して数分後のおれは、しっかりとした足取りでソファに近付いていく。

愛の真正面に立つ。愛を見下ろす。

「また朝みたいにナデナデしてくれるの?」

「ナデナデの前におまえにアンケートだ」

「アンケート?」

甘える声で愛が訊く。

「おまえが今1番食べたいモノを言ってくれ」

「えっ」

やや動揺し、

「わたしが今1番食べたいモノをあなたが作ってくれるってコト……? 場合によっては、食材を買い足さないと……」

「そりゃあ、買い足すさ。おまえのリクエストを聞き、おまえをナデナデした後でな」

「わ、悪いよ。アツマくんが疲れちゃう」

「おれが疲れるコトなんてあると思うか? 見くびられたもんだな」

「んっ……。」

「240時間連続でおまえの面倒を見てやれるぐらいには、スタミナ無尽蔵なんだぞ。それだけが取り柄であるとも言えるがな!」

「……240って数字の根拠は何」

「根拠は無い。適当に言った。だけど、おまえをずーっとヘルプしてやり続けられるのは、ホントだから」

恥じらう愛。

クッションを抱き締め、やや縮こまる愛。

ほっぺたを赤らめ、視線が逸れ気味になる愛。

しかし、

「今日のアツマくん、いつもより頼りになるし、いつもより面白いね」

と、ホメてくれる。

「いつもより、は余計だぞ」

「ゴメンナサイ」

「おまえは、明確に、『いつもより』素直だな」

「……くたびれてるから」

「くたびれてるから、素直になれる。すぐにゴメンナサイを言うことができる」

おれがそう言うと、身を起こし加減に、愛が、

「リクエスト、言うね?」

「おお、言ってくれ言ってくれ」

「サーロインステーキ」

「まじで」

「本当よ。あなたが言うように、すごく素直になってるから」

「くたびれてるのに、ガッツリしたのを所望するんだな」

「女の子には……時たま、そんな場合もあるのよ」

「へ?」

……クスクスと笑うばかりの愛ちゃんであった。