【愛の◯◯】昼飲みに連行したら◯◯

 

やや大袈裟に両手を広げ、

「あ〜っ、たのしかった〜、おもしろかった〜〜」

と映画の感想を声に出す。

左斜め後方から濱野くんが、

「……そんなに面白かった?」

と疑問符をつけてくる。

わたしは右拳を握り締め、

「あの映画に不満でもあるって言うの!?」

「不満というより『拍子抜け』かな。もっと重厚なファンタジー映画かと思ってたのに、ずいぶん子供向け寄りに作られてる印象で」

「何も分かってないわね。映画の本質を1回観ただけで理解する能力があなたには無いのね」

「いやいや、『本質』って」

わたしが振り向けば、彼は苦笑い顔。

わたしに匹敵するぐらい髪を伸ばしてるから、軽薄(ケーハク)に見えちゃうじゃないの。

睨みつけ視線を濱野くんに固定し、彼の動きを追う。

映画館のロビーに近い所にポスターが貼ってある。大きなポスター。SF大作映画のポスター。彼がポスターの眼の前で立ち止まり、興味深そうに顔を近付ける。

わたしは背後から、

「そんなモノに興味あるの!?」

動じない彼は、

「そんなモノ呼ばわりはNGだよ、徳山さん。この洋画はヒットしそうだな。きみも、ファンタジーが好きなのなら、SFにも興味あるんじゃないの?」

「逆よ。SFなんか観たくもないわ」

呆れ笑いの顔を見せつけてきて、彼は、

「好き嫌いが激し過ぎるなあ」

「映画に限ってだから。日常生活では好き嫌いはそんなに激しくないから」

呆れ笑いを持続させる彼。

「信頼度40%ってとこだな、今のきみの発言」

40って何よ。どこから出てきた数字!?

 

× × ×

 

ゲンナリだわ。せっかく早起きして最初の回の上映を観たのに。あなたのあまりにも肩透かしな反応ときたら……!」

「徳山さん」

「……」

「下を向きながら歩くと危ないよ」

分かってるからっ。

下向き目線は事実で図星だった。ゆえに、顔を上げる。見えたのは濱野くんの背中。彼が先を行くのに我慢できないので、足を速め、右隣に並ぶ。

濱野くんが、

「このあとは洋食店で昼食だったっけ? きみが事前に伝えてきたプラン通りなら――」

「アレは嘘よ」

すかさず「嘘よ」という『真実』を告げるわたし。

デート相手は立ち止まる。ビックリしているのがバレバレ。

わたしは彼にシッカリと眼を向け、

「デートは多くの場合プラン通りには行かない。それをあなたに分からせたかったの。だから嘘をついた」

「ワケが分かんないな……」

情けないコメントをこぼす彼を無視するかのように、

「濱野くん。クイズ。5秒以内で答えて。今日は何ていう祝日でしょう??」

敬老の日に決まってるじゃないか」

「あのね」

わたしは微笑みつつ、

「わたしも朝早く起きたんだけど、わたしの祖父はわたしよりも早く起きてたの。ダイニングテーブルの前に座ってた祖父に、『敬老の日だから、何でもしてあげる。わたしが何をしてくれるのが1番嬉しい?』って訊いてみた。そしたらば……」

「『肩叩きしてくれ』、とか?」

「あなたって稀に鋭くなるのね。不可解だわ」

「したんだね。肩叩き」

「150回」

「スゴいな」

「お祖父ちゃんには150歳まで生きて欲しいから」

「大好きなんだね、お祖父さんのコトが。きみは毎回のようにお祖父さんの話をするよね」

「ここからが、重要で」

「ここから?」

「150回叩いてあげたから、渋沢さんのお札と津田さんのお札を1枚ずつ貰ったのよ。つまり、15000円。肩叩き1回につき100円のレートだった」

「おいおい、『レート』なんて言わない方がいいよ?」

「わたしが1番言いたいコトをこれから言うけど!!」

「ど、どーぞ」

左手を伸ばし、彼の右腕をガシリと掴む。

そうしてから、

「飲むのよ。この15000円で」

「飲む……??」

困惑の濱野くん。わたしの発言が呑み込めていない。

しかしやがて、『飲む』という意味を理解していき、

「まさか、白昼堂々と、居酒屋に」

「なんでそんなに顔が青白いの? ディープインパクト的な衝撃でも受けちゃったの?」

「きみの……思考回路が……分かんなくて」

「あ・の・ね・え」

右手で左腕を引き、カラダを近付けさせ、

「わたしとあなたが今立ってる地点、新橋駅と有楽町駅の両方に近いわよね。というコトはすなわち、お昼からお酒をガフガブ飲めるお店がいっぱい存在してるってコトよ」

「き、きみを、『昼飲み』に駆り立てる理由は」

左腕を掴んでいる右手の強さをやや弱める。彼に顔をまっすぐに向け、おフザケみたいな笑いを意図的に見せつけてみる。

「新橋や有楽町に近いのに加え、わたしとあなたは互いに大学生なんだから。このチャンス、絶対に逃したくないのよ」

 

× × ×

 

「……お祖父さんガッカリしちゃうんじゃない? プレゼントした15000円を昼飲みに使うだなんて」

濱野くんの箸があまり進んでいない。さっさとお通しを片付けてよ。

半ば強引に中ジョッキビールを2つ頼んだ。

箸が進まないのと同様、彼の中ジョッキの中身も全然減っていない。

男らしくない。

このご時世において『男らしくない』なんて認識するリスクの高さは理解している。『男は黙って◯◯ビール』みたいな時代じゃないんだから、中ジョッキの中身を減らさないのを見て『男らしくない』と断定するのは不適切でもある。そういうコトへの一定の理解は所有している。

だけど、わたしは敢えて現在の社会通念的なモノを踏みにじる。もちろんこの場限定で。ランチタイムなのに既に居酒屋らしい喧(やかま)しさのこの場限定で。

「なんであなたはそんなに生中(なまちゅう)を細々と飲んでるの!?」

罵倒した直後に自分のジョッキの中身をゴクゴクゴクゴク飲んでいくわたし。

濱野くんの頭頂部を叩く代わりにジョッキでテーブルを叩き、

「わたしのプラン変更が、そんなに気に食わないのかしら……!!」

すると彼はマジメな声で、

「気に食わないなんて誤解だから。考え事で箸やジョッキが進まなかったんだよ」

「考え事!?」

「きみのお祖父さんを不憫に思うと同時に、考えてたコトがあってね」

「何を!? 3秒以内に教えて」

「ジョッキをテーブルに叩きつけるのを自粛してくれたら教える」

「……むかつく」

「自粛できるね?」

仕方無く、首肯。

するとすると、

「おれ、きみのコト、『徳山さん』って呼び続けてるだろ? 苗字呼びオンリー。だけど、毎回毎回『徳山さん』って呼び続けるのは、ちょっとワンパターンではないか……と思い至って」

彼の意図を理解した。してしまった。

どっくん、と心臓が跳ねる。ビールがカラダに注入されているのも相まって、派手に跳ねる。心臓のジャンプ。

「きみのフルネームは『徳山すなみ』。下の名前が『すなみ』。であるからして、苗字呼びだけでなく『名前呼び』も取り入れるのなら――」