「おはよう! あすかちゃん」
お邸(やしき)近くの駅前。あすかちゃんの前に立ち、挨拶する。
だけど、
「おねーさーーん。約束したよね? 今日は、おねーさんは『呼び捨て』、わたしは『タメ口』で行くって」
「あっ!! そうだった!! いつものクセが出ちゃってた」
若干恥ずかしく、若干下目遣いになり、
「じゃあ、あらためて」
と言い、
「おはよう、あすか」
と呼び捨ての挨拶をする。
『呼び捨て&タメ口DAY』。
誰がこんな名前付けたんだっけ。もう思い出せない。わたしとあすかちゃんの間で不定期に設ける特別な日。わたしはあすかちゃんを「あすか」と呼び、あすかちゃんはわたしに「です・ます調」を使わない。
親睦をより一層深めるのが目的である。とっても仲が良くて、ほとんど姉妹同然だった。でも、時には大喧嘩みたいなのもしちゃってた。酷い喧嘩になったのを深く反省し、これ以上強くならない程に絆を強したかったから、『特別な日』を考えた。
2人向かい合っている駅前に涼しい風がサラサラと吹き、『あすか』の黒髪や上着を揺らした。
積極的になりたくて、あすかの右腕に素早く手を伸ばし、右手首のやや上を素早く握った。
「急ぎましょうよ。ゲームセンターもう開店してるわよ。順番待ちでプリクラに並ぶのはイヤだわ」
コクンと頷いてくれるあすか。
「わたしを上手にエスコートしてね、おねーさんっ」
エスコートできる程の自信は無い。だけど、あすかがそう言ってくれるのは嬉しい。
× × ×
ゲームセンター内の椅子に座り、出てきたプリクラを一緒に吟味する。
「おねーさんが果てしなく美人になってる。当然だよね。22歳の誕生日が近付いてるんだもん。目元とか『オトナ可愛い』よ」
「あすかの方がもっと『オトナ可愛く』なってるんじゃない?」
不意を打たれ、少し仰け反る。でも、すぐに身を寄せてくれる。
少し恥じらい混じりのあすかは、
「どの部分が? 黒髪……だとか? たしかに、1時間半以上かけて髪はセットしたよ。だけど……」
「部分じゃないのよ。全体を見て言ってるの」
あすかの頬に生まれる赤み。隠せない。
「わたしのコトがそんなによく見えてるんだ……。スゴいな。おねーさんに完全に負けちゃうな」
「バカ言わないのっ。初めから勝ちも負けも無いんだから」
わたしからも肩を寄せる。手入れ上手のあすかの黒髪に手入れ下手(べた)のわたしの栗色の髪が触れる。わたしの栗色ロングヘアの方があすかの黒髪ストレートより倍長い。
店内を見回しながら訊くあすか。だいぶ調子が出てきたみたい。
「クイズゲームも捨て難いわね。でも、あすかは音ゲーをしてみたいんじゃないの?」
「どっちでもOKだよ。おねーさんの興味が優先だよ」
「だったら、音ゲー。」
「え……。興味を優先させてなくない?」
「ギターのフリーク御用達(ごようたし)のゲームがあるでしょ? あなたはギタリストなんだから、技巧(テクニック)を見せて欲しいのよ。あなたのフリークなギターが、最大の興味」
しかし、あすかは戸惑い、左の頬を左人差し指でポリポリと掻き、
「あのね。本当にゴメンナサイ……なんだけど、ゲーセンでは、フリークなギターのゲームはプレイしない主義なの」
そうなんだ。
以前そう言っていた記憶があるかも。
「無理強いしちゃったかもしれないわね。ゴメンね」
「良いんだよ。全然良いから」
あすかは穏やかな苦笑い。
「ダンスするゲームは流石に恥ずいけど、ビートなマニアのDJになれるゲームなら」
「難しそうなゲームを選ぶのね。わたしと違ってゲーマーだもんね」
「おねーさんが後ろで見守ってくれたら、高得点を稼げると思う」
「そーいうモノ?」
「うん」
しっかりとしたあすかの頷き。
× × ×
クレーンゲームに収穫があった。小さいサイズだけど可愛いぬいぐるみをゲットできたのだ。某有名キャラクターメーカーのデビューして間もないキャラだ。先物買いに成功。
わたしとあすかはお邸(やしき)に入っていた。2階の『わたしルーム』に2人で突き進んでいく。
わたしは自分のベッドに丁寧に腰掛け、右サイドに戦利品のぬいぐるみを置く。あすかは立ったまま、スケールの大きな本棚を眺める。
「――白状しても良いかな」
本棚に向けて呟くかのように言うあすか。
「白状??」
疑問符のわたしに、
「週1ぐらいのサイクルでこの部屋に入っちゃうの。で、この本棚をジックリと眺めちゃうの」
とあすかが告白。
微笑ましいから、
「それぐらいOKに決まってるじゃないの。『白状』なんて言わないのよっ。本棚の本を自由に読み倒したって全然構わないんだからぁ。むしろ、あすかには読み倒してもらいたいぐらい」
「フリースペースみたいになっちゃってて……悪い気もするけど」
「そんなコト思っちゃダメよ。わたしが『ゆるさない』」
「……えへへ。」
とっても可愛らしい照れ笑いが炸裂。ベッドでついつい前のめり姿勢になってしまう。
「やっぱし、読書の幅は拡げた方が良いよね?」
「言うまでも無いでしょ、あすか」
「うん……。幅広な読書、大事だよね」
そう返事しながらも、
「でも、でもね。今の時間は、読書よりも『してみたい』コト……あるんだ」
「どんなコト? 怒らないから言ってみなさい」
緩やかに振り向き、
「おねーさんと、45分間、隣同士で居たい」
「45分間? 中途半端っぽくない」
「わたしの高校の授業時間が45分だったの。忘れちゃってたか、おねーさんは」
「あー」
自分の通っていた学校の授業時間ならば忘れるワケが無い。でも、あすかの母校の授業時間までは憶えていなかった。
もっとあすかのコトに気を配ってれば、授業時間のコトもバッチリ記憶できてたわよね。
反省するコトも尽きないのね……と思い、若干俯く。
だけど、あすかがペタペタと着実に歩み寄ってきているから、切り替えて、あすかを受け入れるのに意識を全集中させる。
ぽしゅん、とあすかが左隣に着座した。着座した1秒後には、わたしの左手に自分の右手を重ねていた。
あったかい。
『呼び捨て&タメ口DAY』だから、なおさら。
わたしの左肩にカラダを委ねてくる。予想通り。
あすかのカラダはわたしより5.5センチ小柄だけど、わたしよりも誇れるモノを持っている。
それは良いとして……むにゅり、とした感触を互いに味わう中で、
「おねーさん。このあと、2人っきりの飲み会、やらない??」
とあすかの方からわたしに要求してくる。
「この部屋にお酒を持ち込んで。お母さんが白ワインを買ったんだって。とびきり高いのを」
「明日美子さん、また高級ワイン買ったのね。流石は無類のお酒好き」
「ボトル2本買ったみたいで。1本なら、わたしとおねーさんで飲み干しちゃってOKだと思う」
「是非そうしましょう」
右手を重ねられていた左手を、あすかの左肩に伸ばしていく。それから、あすかの左肩を抱く。それからそれから、カラダをカラダに強めにくっつける。
くっつけるチカラが強かったのは、強い愛情の証拠。