【愛の◯◯】初訪問と、彼女の柔らかな◯◯

 

羽田愛さんの本棚が眼の前に広がっている。正確に言えば愛さんだけの本棚ではない。ふたり暮らしの恋人のアツマさんと共用の本棚。でも、『8割方わたしの本なのよ』と愛さんは言った。

今、愛さんは私の右横に立ち、私と一緒に本棚を眺めている。

カラダを近付けてきた愛さんが、

「どう? この本棚は」

と訊いてきた。

「スゴいね。スゴいよ」

感嘆して答えるしかない。

「ありがと」

感謝して微笑む愛さん。美人な上に愛らしい。ちょっとドキッとくる。

「しぐれちゃんの参考になりそうで良かったわ。どの本でもあなたに貸してあげるわよ。返却期限も無期限で良いわよ」

「ありがたいけど、ホントに良いの? 大サービス過ぎない?」

「何言ってるのよー。あなたのお仕事に必要になってくるんだから、惜しみなく『提供』してあげなきゃいけないでしょ」

愛さんの微笑みがさらに輝かしくなる。

「ね?」

と言って、本を借りるのを私に促す。

私は、緊張しながら、本棚に1歩近付き、敷き詰められた文芸書の背表紙を見ていく。

文庫本もあれば単行本もある。日本の作品は、作者名だけ知っているのがほとんど。海外の作品は、作者名すら知らないのだらけ。

「愛さん、この作家……誰? 英語圏の名前だと思うんだけど、見たコトも聞いたコトも全然無い」

英語圏の名前であるのが分かるだけ偉いわよ」

愛さんも本棚に歩み寄り、分厚いハードカバーの本を抜き取った。私が、英語圏の作者名であるコトだけ分かるコトのできた本。

「それ、何ページあるの? 500ページ以上ありそう」と私。

「あるわよ。550ページぐらいじゃなかったかな? で、この本は2段組み」と愛さん。

本当だ。細かい文字がビッシリと2段組みに。

少し萎縮して、

「こんなの、読み切れるのかな……。私、自信無い。読み切るまでに1年以上かかっちゃいそうで……」

「なーにいってんのよっ♫」

愛さんが満面の笑みをいきなり近付けてきた……!

ビビってしまった私に向かい、

「あなたは純文学雑誌の編集者になるのよ? たとえ2段組み550ページであっても、1年でも1か月でもなく1週間で読み切るコトができないと、編集者として務まらないわよ!?」

「き、厳しいね」

「うん。わざと厳しく言った」

「やっぱり、そういう世界なんだ……」

しょぼーん、と下向き目線になる情け無い私。

そんな私の右肩を、愛さんが触ってきた。

ふにゅ、という感触にビックリ。とってもビックリ。

「脅しちゃったけど、アドバイスもちゃんとあるのよ。といっても、大したアドバイスでもないんだけどね」

厳しくも笑顔の愛さんが、

「慣れるコト。数をこなすコト。やっぱり、読書量を積み重ねるのが大事。近道は無いと思うから。正攻法。猶予(モラトリアム)はあと約8ヶ月もあるんだから、積み重ねれば、相当なレベルになる」

 

× × ×

 

書くのが遅くなったが、愛さん&アツマさんのふたり暮らしのお部屋に入ったのは、午後3時の少し前である。初訪問だった。アツマさんはもちろんお仕事に出ているから、愛さんと私のふたりきり。コーヒーと洋菓子でもてなしてくれた後で、彼女は私を本棚に案内したのだった。

現在時刻は4時半を過ぎている。

本棚よりもダイニング・キッチン寄りに液晶テレビが置かれている。甲斐田家――私の自宅のリビングにあるのとほぼ同サイズのテレビだ。かなりの大画面。

そして液晶テレビの真向かいにソファがある。今、そのソファに私は腰を下ろしたところだ。ソファは、3人か4人は着座可能な大きさ。

丸いトレーを持って愛さんがやって来た。私のための炭酸水のグラスと、彼女が飲むアイスコーヒーのグラス。いったい彼女は、1日にどのぐらいカフェインを摂取するんだろう……?

「わたしのカフェイン耐性が気になるみたいね。さっきホットコーヒーを飲んだばかりなのに、続けざまにアイスコーヒーを飲もうとしてるから」

あっ。ヤバい。

見抜かれた。

ソファ手前の長テーブルにトレーを置く彼女。私の眼の前に炭酸水のグラスを置き、その右横にアイスコーヒーのグラスを置く彼女。

ふわり。細くてキレイなカラダを、ソファに委ねる彼女。

私は身長168センチ。彼女は160.5センチ。私より小柄だけど、滑らかなカラダのラインは、私がつい妬いてしまう程のモノ。それに加え、如何にも柔らかそうで、しなやかなカラダ……。

いけないっ。妄想不可、妄想不可。不埒過ぎるよ。彼女のカラダ、そんなにジロジロ気にしちゃいけない。不審に思われたら、不穏になっちゃうでしょ。

真面目に行こうと思った。

ところが。

柔らかさに柔らかさを重ねたような感触が、私のカラダの右側に……!!

愛さんが、自分のカラダを傾けてきたのだ……!!