「アツマくん」
「なんだ」
「昨日あなたが中学時代の同級生の女性(ひと)に会ったことだけど……」
「なんだよ。その話引っ張るのかよ」
「引っ張る」
「なぜに」
「アツマくん、あなたって――」
「?」
「――モテるわよね」
「!?」
のけぞるアツマさん。
のけぞって、姉との距離が少し離れる。
アツマさんと一緒にソファ座りの姉はやや不満げに、
「なによー。事実でしょ?」
「な、なにが事実だよっ」
「あなたに好意的な女子の数を数えてごらんなさいよ」
「か、数えるったって……」
うろたえるアツマさんに、
「数えきれないぐらいだから、数えられないのかしら?」
と姉。
「あ、あのなあっ」
「まあ、もっとも――あなたのことをホンキで愛してるのは、わたしだけなんだけど」
うろたえが積み重なり、アツマさんはあんぐりと口を開けるばかりだ。
「『愛』っていう名前をつけてくれた両親に感謝するわ。『愛』って名付けられたから、ホンキで男性(ヒト)を愛することができる」
「……」
「どうしたのよ? アツマくん」
「や……。よくもそんなに小っ恥ずかしいセリフが言えるなぁ……って」
「なんですって!?」
あーーっ。
姉が怒り始めちゃった。
「『小っ恥ずかしいセリフ禁止』とでも言いたいわけ!? あなた」
止めることが難しい勢いで姉はキレている。
アツマさんに詰め寄り、罵倒コトバを浴びせてゆく姉。
姉の暴走をぼくが止めるべきか……。
難しいなあ。
でも、ひとたび夫婦喧嘩になると収拾がつかないことが多くなってしまうし。
「――お姉ちゃん」
呼びかけるぼく。
反応する姉。
アツマさんのシャツの襟を掴む手の強さを弱めて、ぼくを見てくる。
「夫婦喧嘩を食わないのはなんの動物だったっけ?」
とぼく。
「……犬。」
すぐに姉は答えてくれる。
「もうちょっと落ち着いてお姉ちゃん。アツマさんが困ってるよ」
「だ、だって……アツマくんがわたしの愛情あふれるコトバを『小っ恥ずかしいセリフ』だとか言ってくるし」
めんどくさいなあ。
「わかったわかった愛ちゃんよ」
姉に掴みかかられたアツマさんがなだめる。
「おれが悪かったってことでいいよ」
オトナの対応だ。
さすがだ。
リスペクトせずにはいられない。
× × ×
しかし、アツマさんが謝ったというのに、姉はどこからともなく黒ウサギのぬいぐるみを取り出して、ぎゅぎゅっとアツマさんの上半身に押しつける。
「え、小道具?」とアツマさん。
「そんな可愛いぬいぐるみでキミはいったいなにがしたいのかね」
「アツマくん。口調がおかしい」
ツッコむ姉だったのだが、アツマさんは構わずに、
「ミッフィーっぽいウサギだな」
「あなたの眼は節穴なの!?」
「え」
「これのどこがミッフィーよ」
「違うのかよ」
「違うわよっ」
「新手のキャラクターか? サンリオとかの」
「サンリオにはマイメロディがいるでしょ」
「懐かしいな、マイメロディ」
「な、懐かしい??」
困る姉に、
「おまえ『おねがいマイメロディ』ってアニメ知らんのかよ」
「し、知らないから」
「日曜の朝に、テレ東系で――」
「ちょちょっと待ってっ。話がどんどんズレていくじゃないのっ」
やはり姉に構わずアツマさんはぼくに向かって、
「利比古、そのタブレット端末で『おねがいマイメロディ』で検索してくれんか」
「だからちょっと待ってってば!? どうしてアツマくんはマイメロにそんなに執着するのよ」
少し呆れながらぼくは姉に笑いかける。
困り度が倍になる姉。
その様子を眺めてから――ぼくはGoogleに「おねがいマイメロディ」と入力するのである。