放課後。
KHKの活動もせず、放送部にも行かず、まっすぐに邸(いえ)に帰った。
姉の部屋のドアの前に立つ。
軽く3回ノック。
それから、
「ただいま、お姉ちゃん」
と、帰ってきたことを知らせる。
『……利比古。おかえりなさい』
聞こえてくる姉の声。
『入ってきても……いいわよ』
× × ×
ダラ~ンとベッドの上にいる姉。
やはり、気力は戻ってきていない。
ちからなく、姉は、
「クラブ活動はよかったの? こんなに早く帰ってきて……」
と言うが、ぼくは、
「クラブ活動なんかより、はるかに大事なことがあるんだよ」
とキッパリ言う。
「大事なこと…って」
キョトンとする姉。
鈍いなあ。
「決まってるじゃないか。――お姉ちゃんの様子が気がかりで仕方がないんだ。だから、一目散に邸(いえ)に帰ってくるんだ」
「利比古…」
「ぼくは、お姉ちゃんファーストだよ」
「お、お姉ちゃんファースト…?」
「しばらくは、お姉ちゃん最優先でいくよ。KHKの活動もお休みだ」
「どうして、そこまで……。」
あのねえ。
「きょうだいだからに決まってるじゃないか!」
ぼくは断言。
「お父さんもお母さんも、日本にいない。だとすれば、いま、羽田家のなかでお姉ちゃんの面倒を見てあげられるのは、同居してる弟のぼくだけしかいないんだ」
わかってほしいよ。
「…もうちょっと、きょうだいの大切さも認識してほしいなあ」
軽くたしなめ。
たしなめを食らった姉はうつむき加減になって、
「……ゴメン」
とつぶやく。
× × ×
夕食後、早々に部屋に引っ込んでしまった姉を追いかけて、階段を上がる。
優しく3回ノックして、
「お姉ちゃん。ぼくだよ」
と声をかける。
返事なし。
たまらず――じぶんから、ドアノブに手をかける。
ベッドの上に腹ばいでグッタリとしていた姉だったが、ぼくが入室したことでどうにか起き上がり、
「…追いかけてきたの?? わたしを」
と訊いてくる。
「そうだよ。だって、お姉ちゃんが猛スピードで部屋に逃げ込んじゃうんだもん」
「…」
「気持ちはわかる」
「…」
「だけど、ぼくだって心配だから。…今夜は特に、お姉ちゃんから眼を離したくないから」
「特に…って」
些細な疑問には取りあわず、
「――報告を、してほしいな」
と、姉をまっすぐに見て言う。
眼を丸くした姉は、
「ほ、報告??」
「だからー。
きょう、どんなことをしたか、どんなことがあったか、っていうのを、ぼくに伝えてほしいんだよ」
「どうして……伝えてほしいの?」
即座に、
「弟だから」
と断言。
「拒否権……ナシ?」
「あるわけないじゃん」
ぼくは毅然として断言。
× × ×
朝の出来事を姉は話した。
「明日美子さんと泣き合ってたら、アツマくんがカフェインレスコーヒーを淹れてくれて、なぐさめてくれたわ」
「…きょうは朝から、クライマックスだったんだね」
「そう。そんな感じ」
「優しくしてもらったんだから、お姉ちゃんのほうもアツマさんに優しくしてあげないとダメなんだよ??」
「そうね……アツマくんさまさま、って感じで」
ぼくは考える。
アツマさんみたいに……姉のためになってあげることが、ぼくには、どのくらいできるんだろうか??
もちろん、アツマさんと張り合うとかではない。
ただ……、アツマさんをリスペクトするからこそ、『アツマさんみたいなこと』をしてみたい……という気持ちも強まるのであって。
「――お姉ちゃん。」
「え、なに、利比古」
決意して、言う。
「アツマさんみたいなこと――してもいいかな」
「え、えっ、どーゆー意味……」
ぼくはなにも言わず、姉のベッドへと接近していく。
立ったまま姉を見下ろして、
それからそれから、
正面から――姉のからだを、ぼくのからだで、包み込んでいく。
――姉には、ぼくのハグも、絶対に必要だと思ったから。
だから、姉の細いからだをハグって――、
しばらく、きょうだい同士で、温め合うことにする。