【愛の◯◯】不意の来訪と、不意打ち

 

20代前半と思しき女子に接客する。

『なーんか、見たことがある顔なんだよなあ……』と思いながら、注文を取りにテーブルに行く。

「ご注文はお決まりですか?」

彼女は、ほぼ俯(うつむ)き目線で、

「あ、あのっ、カフェオレを。

 そ、それと……」

んっ?

「戸部アツマくん……ですよね!?」

「エッ。なぜ、おれの名前を」

彼女は徐々に目線を上げていき、

「憶えて……ない?」

あ。

もしかすると。

「もしや……きみ、神田(かんだ)さん?? 中学で同級生だった」

神田さんは首を縦に振った。

 

× × ×

 

おれの職場の上司は寛容で、積もる話もあるだろう……と、神田さんとお喋りすることを許してくれた。

もちろん店内で話し込むわけにもいかないので、神田さんがカフェオレを飲みきったあと、一緒に店外に出ることに。

 

× × ×

 

白くて大きな帽子をかぶった神田さんが、

「戸部くん、暑いのは平気そうだよね」

と言ってきた。

「や、夏の暑さは人並みに『こたえる』が」

「でも、強いほうでしょ」

彼女は歩みを止め、おれに振り向いて、

「暑さに強いだけじゃない。いろんな意味で戸部くんは『強かった』」

むむ……。

「わたしさ」

彼女は、

「戸部くんがイジメっ子に逆襲するのを見てて、スカッとしたんだ」

……そのことかよ。

「『教授の息子なのに勉強できない』とか、『贅沢な邸(やしき)に住んでるお坊っちゃまだ』とか、いい加減な理由でイジメられてたよね」

返事を言いあぐねるおれ。

気まずいと思ってしまったのか、若干慌てて、

「あ、ご、ゴメンね。古傷、抉(えぐ)っちゃったよね」

と彼女は。

「……いいんだよ。中学時代のことなんざ、過去の彼方だ」

「ほんと?」

「『逆襲』ってきみは言ったが。……逆襲のやりかたが、ちょっとばかし、やり過ぎに見えなかっただろうか」

「……そんなことないよ。なかったよ」

真剣な顔で、

「わたしも許せなかったし」

と言い、

「許せなかったけど、わたしたちにアイツらを懲らしめる術(すべ)なんて無かったんだけどね」

と言い、

「尊敬した。素直に。戸部くんのことを。ボコボコにされるアイツらを見て、ザマアミロって思ったし」

と言う神田さん。

「……ただ、イジメてきた奴らのリーダーは、おれが勢い余ってボコり過ぎたせいで、再起不能みたいになっちまったけどな。中3だったが、まともに高校受験もできないような状態に……」

「いいんじゃん。あんな奴なんか高校に進学すべきじゃなかったんだよ」

オイオイ。

「わたし、戸部くんはなんにも悪いことなんかしてない! って思ってたし。特にクラスの女子はみんな、同じ気持ちだったと思う」

……そうかね。

「神田さん。そんなことを伝えるために『リュクサンブール』まで?」

「『さん』は要らないよ。『神田』でいいよ」

「んんっ……」

苦笑いの彼女は、

「『あのとき』言えなかったことを言いたかったから。戸部くんが『リュクサンブール』で働いてるって情報が友だち経由で伝わってきて。わたしフリーターだから、フリーになれるときも多いし」

 

× × ×

 

流れのままに、神田さんが乗車する駅まで来た。

「また来るよ、『リュクサンブール』」

と神田さん。

「……いつでも」

とおれ。

「あのさ……戸部くん」

「……なんだ」

「わたしが言いたかったこと、もうひとつあって」

「えっ」

下向き目線で照れたようになる彼女。

なんぞ。

「これ、又聞(またぎ)きなんだけど」

「……おう」

「年下の女の子と……マンションで、ふたりで、暮らしてるんだよね」

ふ、不意打ちなっ。

「――スゴい子なんでしょ? 愛ちゃん、っていうんだよね? 両手の指で数えきれないぐらいの才能があって……」

おれは……軽く動揺しつつも、

「さ、才能もあるが、欠点も多いぞ??」

「……なんで照れ屋さんになりながら言うのかな」

「照れ屋じゃ……ないから」

「欠点も多いって言うけども。戸部くんなら、その欠点も含めて、まるっと愛ちゃんのことを愛してあげられるんでしょ??」

上手い返答を……思いつけなくなる。

「分かって良かったよ」

と神田さん。

「分かって良かった。――何年経っても、戸部くんのカッコ良さは変わらないんだって」

そこまで言うのか。

「できれば、中学最後のバレンタインぐらい、手作りのチョコをあげたかったよ」

そ、そこまで!?

「神田さんよ……ぶっちゃけ過ぎてねえか……?」

「……ふふっ。」