水たまりのように小さな池の前に、ウッツミーが腰を下ろしている。
その背後に、接近。
――察知して、
「…小路(こみち)かよ。こんなとこまで、なにしに来たんだ」
と言ってくる。
「あんたが居たら、おしゃべりしようと思ってた。で、案の定、あんたはここに来てた」
「……」
「放課後の行動パターン、把握してるんだから。…野球部引退後は、この池に高頻度で来てるよね」
「……悪いか」
「悪いなんて思ってるわけない」
黙って池に小石を投げ込むウッツミー。
「――説明が必要かな。
ウッツミー、っていうあだ名の由来は、苗字の内海(うつみ)から。
わたしがつけたあだ名で、ほぼわたししか使ってない。
夏の甲子園の予選大会であえなく負けて、野球部を引退した彼は……しばしばこうやって、校内の隅(すみ)っこでヤサグレたりしてる」
振り向き、
「ヤサグレってなんだよ、ヤサグレって」
と言ってくるウッツミー。
さらに、
「今の『語り』はなんなんだ、小路?? まるでおれのことを、だれかに解説してるみたいに……」
「だからー、説明が必要なんだってば。ウッツミー、あんたはこれから、どんどんブログに出てもらうんだから」
…どうしようもなく怪訝そうな顔である。
「あんた、野球部だと万年補欠だったけど。ブログでは、レギュラーみたいな存在感を見せてほしいよね…」
「……ふざけやがって」
小声でそう言いながら、ふたたびわたしに背中を見せる。
それから、
「……小路。おまえのクラスの出し物は決まったんか? なんだか難航してたみたいだが」
と訊いてくる。
学校祭の出し物のことを彼は言っているのだ。
「決まったよ、めでたく」
答えたら、
「なにすんの」
と訊かれる。
素直に答えるわたし。
「なんだそれ」
「みんな仮装して、喫茶店でおもてなしするの」
「…ハロウィンっぽいな」
「まあね。学祭は、ちょうどハロウィンの頃だし」
わたしも池の前に近づいていく。
ウッツミーと約3メートル間隔をとって、腰を下ろす。
で、
「あんたのクラスのほうは、どーなの」
と、今度はこっちが訊いていく。
「…ロック喫茶。
それと、古本市」
「え。
出し物がふたつじゃん。そんなのアリなの」
「意見が割れたんだよ。収拾がつかなくなってきたから、ロック喫茶と古本市、どっちもやることになった」
「……わたしのクラス以上に、まとまりが無いんだね。気がかりだ。クラスルームクライシスにならないかどうか」
「学級崩壊するってか?? それはねーよ」
わたしは軽く苦笑いして、
「まあねえ。中学生でも小学生でもないんだし。高校3年の折り返しも過ぎてるんだもんねえ」
そう。
卒業する、ということだって、ときには意識する。
そんな季節。
× × ×
「――学祭のこととは、まるっきり関係が無いんだけどさ」
「なんだよ」
「埼玉西武ライオンズに、野田昇吾っていうピッチャー居たでしょ? 野球部だったウッツミーなら、たぶん知ってるよね」
『知ってる』という答えが、すぐに返ってくるのを期待した。
なのに。
ウッツミーはなぜか、黙りこくり始めた。
奇妙な静寂。
困惑をおぼえつつ……わたしは、
「この前……テレビで、視(み)たんだよ。戦力外になったあとで、ボートレーサーの養成所に入って、来月デビュー予定だって。大減量したんだってね、ボートレーサーになるために」
と…野田昇吾語(がた)りをし始めて、静寂を破ろうとする。
ウッツミーから、ことばが返ってこない。
なにも言ってこない理由がぜんぜんわからなくて、困惑の度合いが増していく。
彼とのあいだで、こんな空気になることなんか、今まで無かったのに。
ラチもあかず、池の水面(すいめん)に視線を落としていた。
――ウッツミーが急に立ち上がった。
びくり、として顔を上げる。
「小路。
野田昇吾が、どこのボートレース場でデビューするか、知ってるか」
「え?? ん、んーっと、そこまでは……」
「戸田(とだ)だよ」
「戸田、って…どこ」
「戸田は、戸田公園の、戸田だ」
「戸田公園、ってことは……埼玉……」
「ああ。そうだ。埼玉だ。
「く……詳しくない? 詳しすぎない?? ボートレースだよ、ギャンブルだよ!? そういうのって、ハタチになってからの話なんじゃ……」
「…帰る」
……ウッツミー!?