はい!
あすかです!
きょうから、5月!!
5月病?
なんのことでしょうか??
× × ×
5連休の初日なわけだけど、普通に起きて、普通に朝ごはんを食べる。
もちろん、朝ごはんを作ってくれたのは、早起きのおねーさんだ。
「おねーさん」
「なぁに、あすかちゃん」
「相変わらずエプロンが似合ってますね」
「あら」
彼女は少しだけ照れて、
「ありがとう」
「……おねーさんは、髪を切ったこともあって、」
「?」
「オトナのお姉さんみたい。」
「!」
彼女はかなーり照れて、
「……ありがとう。」
食べ終えたあとで、
「おねーさん、コーヒーをください」
「わかったわ」
わたしのマグカップに、なみなみとコーヒーを注(そそ)いでくれる彼女。
「はい」とマグカップを置いてくれる彼女。
わたしは角砂糖『だけ』をコーヒーに投入し、スプーンでぐるぐるとかき混ぜる。
「牛乳とか混ぜなくてもいいの? あすかちゃん」
「いいんです」
「でも、いつもは――」
「もうすぐ、18歳なので」
「え、なにそれ」
「わたしもオトナの階段を上るってことです」
「――苦いよ?」
「角砂糖入りなんで、だいじょうぶ」
「……チャレンジするね」
苦笑いになりつつも、おねーさんは、わたしが黒々(くろぐろ)としたコーヒーを飲むのを、見守ってくれた。
× × ×
ようやく起きてきたお母さん。
これでも、お母さんの土曜の朝は、早いほうだ。
「立派だね、お母さん」
「えっ、どういう立派さ?」
「5連休最初の土曜日だけど、比較的早起きじゃん、お母さんにしては」
「ほめてくれるの、あすか」
「ほめる」
「うれしい~」
はしゃぐように、お母さんは喜んでいる。
お母さんは平日も、遅く起きるのが定番化しているんだけれど、
いちおう、元・出版社勤めだったんだよね……。
その頃は、まだ、生活リズムが真っ当だったのかな。
それはそうと。
「お母さん」
「どしたのー、マジメな顔になって」
「……マジメになっちゃってたか、わたし」
マジメ顔を崩して、照れ笑い。
「な~に、あすか。なにか、お願い?」
「そんなとこ」
「欲しいものでもあるの」
「ある」
「言ってごらんなさいよ」
「……あのね。
おかーさんっ、
図書カード、ちょーだいっ」
もうすぐ18歳ではあるけれど、
コドモっぽく、おねだり。
「――あら。
もったいぶるから、もっと別のものが欲しいんじゃないの、と思ってたら」
「わたし、本が買いたいの」
「そのための図書カードだからねえ」
「もっと、本が欲しいってこと。読書量を増やしたいの」
「なにゆえ?」
「ひみつ……かな」
「ひみつなら、あげない」
「!?」
「うふ、いまのはフェイント」
「もう……お母さんっ」
……イタズラっぽい笑顔が、自分のお母さんなのに、かわいい。
× × ×
「はい、これ。たくさん本、買ってね」
「こんな高い図書カード、もらっていいの? いつもと違うじゃん」
「ゴールデンウィークだし、臨時のおこづかいみたいなもの」
「……大盤振る舞いだね、お母さん」
「でしょっ」
誇らしげだ。
「――あすかは、読書量が増えたみたいね」
「わかる? 完全におねーさんの影響だけど」
「読んでる本も――オトナっぽくなった」
お母さんがいるところで、そんなに読書をしていたような気は、しないんだけど。
「……オトナっぽい本って、なに」
「……あなたも成長してるんだね、ってこと」
「ますますわかんないよ……」
「わかんないときは、自分の胸に手を当てて、じっくり考えてみるものよ」
「うーん……」
自分の、胸……。
「――あすか、ほんとに、胸に手を当てちゃってぇ」
「か、からかわないでよお母さんっ。お母さんが言い出したんじゃん」
「あらら、反抗期?」
「そっ、そんなんじゃなくってっ」
無言でニヤリとするお母さん。
わたしの胸(むな)もとを……確実に見ている。
『成長してるとこ、いろいろあるよね』とか、
言いそうでコワい。
『お母さんだって……』と、
お母さんの胸もとを、見返す。
遺伝なんじゃん。
結局。
少し前に、おねーさんにも指摘されちゃったけど。
「わたしの上着に――なにか、付いてる??」
「付いてない。そんなんじゃないっ」
「あわててるあわててる、あすか」
「わ、わたしが反抗期になっちゃってもいいのっ、お母さん」
動じず、
「……なんの話してたっけ、わたしたち」
「……読書の成長がどうとか、だったでしょ」
「そーだったそーだった、
あすかも……ずいぶん難しげな本を、読むようになったよね」
「わたしをほめてるの、それは」
「ほめてるとも言えるし――なにより、母親として、うれしい気持ちでいっぱい」
「――おねーさんや、お母さんみたいな域には、達してないよ」
「わたしのこと、そんなに読書家だと思ってたの!? あすか」
「お、驚きすぎでしょ」
かつての、敏腕編集者が――、
読書家じゃないわけが、ない。
「わたし――もっと読書経験を積みたい。
読む経験を積み重ねて、自分が書く文章を、磨きたい」
「いいこと言うね――あすかは」
「そう?」
「最近の子は、『とにかく書きたい!』っていう意欲のほうが、勝(まさ)ってるから。
書くことに意識が行きすぎて、読むことの重要さの認識が欠けてる……。
……こんなこと言ったら、『古臭いお説教だね』って、反発食らいそうだけど。
書く意欲が旺盛なのは、それはそれで素晴らしいのよ。
書きまくったあとで、読むことの重要さに気づくことも、ある。
――『書いてから読む』タイプと、『読んでから書く』タイプがいて。
あすかはどっちのタイプか、まだわたしは知らないけれど、
『読書経験を積み重ねて、文章を磨きたい』っていう、あすかの言葉は――とても、頼もしい」
「……それはありがとう」
「ずいぶん、神妙な面持ちじゃない」
「だって……お母さんにも、いろいろ考えがあるんだな、って」
「見てないようで、見てるのよ。」
「?」
「観察眼」
「……」
「ごめんね、わかりにくいこと言って」
「……。
お母さんは、やっぱりスゴいよ」
「スゴいだなんて~~、またまた」
「本心だから……さ」
「参りました、って顔ね」
「うん。
お母さん、いろいろ教えて、これからも。
『作文オリンピック』の銀メダリストを……もっと、育てて。」
「育てる、かぁ」
「ヘンなことは言ってないでしょ――わたし」
「わかってる」
「お母さんについていけば……間違いなんて、なんにもないから」
「……ありがとう。ますます、うれしくなっちゃった♫」
「うれしく、させちゃったか。
――うれしいのは、お互いさまだよ。
お母さん」