久保山幹事長が読み終えた週刊少年マガジンを、読ませてもらっている。
おすそわけ、といったところ。
へぇー。
しばらくマガジンを読んでいたら、
有楽(うらく)センパイが、おもむろに、
「――羽田さん、ずいぶんじっくり読むんだね」
と言ってきた。
「あ…ごめん、集中して読んでたところに、割り込むみたいで」
と言い添えてくれる。
「いいんですよ、そんなに気を使わなくても。じゃんじゃん割り込んじゃってください」
「じゃんじゃん割り込むって」
と有楽センパイは苦笑い。
「わたし……漫画読むのに、まだ慣れてなくって」
「そうなの?」と有楽センパイ。
「はい。
小説を読むようにはいかないんです。
まだ、スラスラ読めない……。
いちおう、セリフは、こころのなかで声に出して、読んでるんですけど」
「セリフを、こころのなかで声に出す、かあ」
久保山幹事長が食いついてきた。
「音声化、ってことだな。…まあ、そんな読みかたも、たしかにある」
「いつになく玄人ぶってるわね、久保山くん」
「玄人みたいな顔になってるか? おれ」
「いかにも漫画にはうるさい、って感じ」
「本望だ、有楽」
「なにが本望だか……」と呆れてしまう有楽センパイ。
「…あの、基本的には、いま、マガジン読んでるときも、セリフは全部、こころで音声化してるんですけど」
「うむ、うむ」
と数回うなずく久保山幹事長。
「だけど……『生徒会役員共』だけは、セリフ、音声化できないんですよね……」
「……そうだよな。それは仕方ないよ。うむ」
納得してくれる幹事長。
「『生徒会役員共』っていう漫画の性質的に、しょうがないよね」
苦笑いしながら、有楽センパイも、わたしをフォローしてくれる。
「羽田さんが『生徒会役員共』に言及しながら照れ顔になっちゃうのも理解(わか)る」
「律儀に読み飛ばさないのもスゴいよな」
「久保山くんは絶対に読み飛ばさないタイプだよね」
「なんでわかった?」
「……『氏家ト全の漫画を人前で堂々と読むのに躊躇(ちゅうちょ)がありません』ってタイプでしょ、あなた」
「どんなタイプだ、そりゃ」
「……言って損したかも」
ため息まじりに、有楽(うらく)センパイが肩を落とす。
あはは……。
まだ、半分近くマガジンのページは残っているのだが、
「わたし、きょうはそろそろ帰らなきゃ」
「ん? 用事でもあるの」
あるんです、幹事長。
大切なひとのために――午後は、ひと肌脱ぐ。
だから――きょうは、サークルは早退。
× × ×
大切なひと、とは、もちろん、きのう誕生日を迎えた、あすかちゃんのことだ。
部活を休んで、あすかちゃんは帰ってきてくれた。
もう、あらかたの準備は整っている。
「――おいしそうな匂い。」
わたしが作ったお菓子に眼を見張るあすかちゃん。
「アプフェルクーヘン、っていうの」
「アプフェルクーヘン」
「そう。ドイツのりんごのケーキ」
「なるほど~」
「コーヒーが、合うんじゃないかな」
「なら、コーヒーで」
「オッケー」
わたしもあすかちゃんも、コーヒーとともにアプフェルクーヘンを味わうことにする。
「おいし~~」
「ほんとにおいしそうねぇ」
「絶品」
「それはよかった」
「おねーさん……お菓子作りの腕が、また上がってませんか?」
「うれしい、そんなふうに言ってくれると」
あすかちゃんがアプフェルクーヘンを味わっている様子を、微笑ましく見やる。
「…18歳か。あすかちゃんも」
「5ヶ月間だけ、おねーさんと同い年です」
「いつもこだわってるよねぇ、そこ」
「こだわらせてくださいよ」
「……」
「お、おねーさん?」
言おうと思っていたこと。
それを……感慨深く、言うために、溜(た)めを作って、
「……大きくなったよね、あすかちゃん。ホント、大きくなった」
「大きく……なりましたか……?」
彼女の、アプフェルクーヘンが刺さったフォークを持つ手が、固まっている。
「なったよ~」
「……『胸が大きくなった』、ってオチじゃないですよね」
「そんなばかな」
「おねーさん、けっこう本気で、そういうこと言い出しちゃうこともあるし」
「――わたしが言ってるのは、内面的な成長。」
「そんなに…中身がオトナになった自覚は、ないんですが」
「本人の自覚がなくったって、わたしは、気づいてるんだから」
「具体的には…」
「具体的に説明しちゃうと、際限なくて、せっかくのアプフェルクーヘンもおいしくなくなっちゃうよ」
「…ケチですね」
「ほらっ、コーヒーだって冷めちゃうから」
「『成長した』って言われるの……実は、気恥ずかしいかも」
「気恥ずかしい、って言われたって、わたしはあすかちゃんを、ずっと見守っていくつもりだよ?」
「……『母性本能』ですか」
「それもあるかも。でも、やっぱり、お母さん視点というよりは…お姉さん視点」
「……ですよね」
「わかってくれるかしら?」
「はい。」
「――あすかちゃんは、『家族』で、かけがえのない、大切な存在」
「お互いさま、ですよ。おねーさんも、わたしの、わたしたちの、『家族』なんだし。いちばん、大切にしたい――」
「――なんか、テレちゃうというより、デレちゃうな」
「おねーさんのほうが気恥ずかしくなっちゃって、どーするんですかっ」
「あすかちゃんだって、おんなじじゃないの。相当なデレ顔よ?」
気恥ずかしさを、お互い見せ合う。
照れながら、そしてデレながら、お互いがお互いを見ていると、
おかしくなってきちゃって――笑いすら、こみ上げてきちゃう。
「なんか、笑えてきちゃった……ヘンだな」
「わたしもです」
「でも……あったかい気持ち」
「わたしもそんな感じ」
「微笑ましすぎるぐらいの――微笑ましさか」
「いいことじゃーないですか。いくら微笑ましすぎたって、なんにも損することないんだし」
「なにそれ、あすかちゃん。おもしろい…」
笑うのを、こらえきれない。
あすかちゃんも、ほとんど爆笑しかかってる。
「見せられないねえ、こんなとこ、アツマくんや利比古に」
「いえてる、いえてる」
「あ~、ほーんとおもしろい」
「なんで、こんなにおもしろいんだろっ」
「あすかちゃんとわたし、だからじゃないの??」
「そーゆーものですかー」
「そーゆーものだよぉ。ぜったい!」