夕方――、
邸(いえ)の自室で、『ランチタイムメガミックス(仮)【増刊号】』の音源を聴いている。
× × ×
「は~~い!!
『ランチタイムメガミックス(仮)』、
増・刊・号~~。
ぞ~お~か~ん~ごお~~。
……ちょっとクレヨンしんちゃん入ってるような口調で言っちゃいましたけど、
ついていけてますか!?
ついていけてるネ!!
よしっ。
あらためまして、永久不滅パーソナリティの、板東なぎさであります。
んーっと、春休みにも『特別編』と題して、録音番組作ったんだけど、
今回も、それと似たようなものです。
すなわち『増刊号』。
――日曜日の朝にやってた『笑っていいとも!』の増刊号とはちょっと意味合いが違って、総集編というわけではなくて、ただ単に、月~金の放送枠だけでは、やり切れなかったことを、補完する意味合いで、『増刊号』なわけです。
やり切れなかったことっていうと、具体的にはねえ、読み切れなかった、おたより。
わたしがフリートークに時間を割(さ)きすぎて、じゅうぶんにおたよりを紹介できなかった、ということが、あったんで。
せっかく送ってきてくれてるんだから、できるだけ読んであげたいよね。
なので今後も、もったいないからおたより漏(も)らさず読んであげますよスペシャル、的なことは、ゲリラでやるかもしんない。
その時も、もちろん音源は、学校の皆さんに公開しようと思います。
さてとー。
急がないと、日が暮れて、おたよりあんまり読めなくなっちゃう。
それはイヤだから、さっさと読み始めていきたいと思います。
おたより♫ おたより♫ おたより♫
……え~、まず、
ラジオネーム『オレンジタイガー』さん。
『板東さんのお弁当箱は、何色ですか?』
んー、なんというか……。
まったく悪気がないのは、わかってるけど、
なんというか、さ。
どちらかというと……『パンツ何色ですか?』系の、質問だよね。
ごめんね『オレンジタイガー』さん、こんなこと言って。
でも、ちょっと思っちゃったの。
ま、
下着見られるよりは、弁当箱見られるほうが、100倍いいよ。
あたりまえだけど。
くれぐれも、お弁当食べてるときに、のぞきこんで来ないでね。
『オレンジタイガー』さんの性別は不明だけど。
女子更衣室のぞかれるよりはマシか。
――仮に、女子更衣室のぞいたとしても、
女子の下着姿が見られるかどうかは、わかんないよ。
さて――脱線して、ありのままの現実を提示したところで、
質問に答えなきゃね。
わたしの弁当箱の色。
紺色。
紺色です、紺色。
――これで満足ですよね? 『オレンジタイガー』さん。
次に、いきまっしょい。
鉄道ファンなのかな?
『校歌は、好きですか? 僕は、桐原の校歌は、歌詞が、古めかしいような気がします。第2の校歌的なものを、作ってもいいのではないか、と思っているのですが、板東さんの意見はどうでしょうか?』
おー、これは難しい質問。
われらが桐原高校の校歌に関する議論、だね。
桐原高校校歌『夢の幹(みき)』。
……『夢の幹』って題名自体は、校歌が作られた時期としては、むしろ斬新なネーミングだったんじゃないか、ってわたしは思ってるけれども。
現代詩、っていうの? 詩人として名高いひとが作詞して、そのひとの詩集も、図書館に飾られてたりするけど。
まあ作詞者のひとが活動し始めたのは昭和30年代かららしいし、『活動初期は前衛的な表現を追い求めていた』って国語の先生が言ってたような気がするけど。
だとしたら、『夢の幹』って題名だけは、少なくとも、前衛的な姿勢の表れであると、言うことは、できる。
……でも、肝心の歌詞は、モロに文語調(ぶんごちょう)、なんだよね。
『歌詞が古めかしい』っていうのには、完全に同意。
……歌いにくくない?
3年生になっても未(いま)だに、意味がハッキリしない言葉あるし。
漢語(かんご)っていうんだっけ……古めかしい二字熟語。
意味がわかんないまま、行事のたびに、歌わされてるんだよねぇ……。
『夢の幹』という題名の現代的な響きとは裏腹の、時代が逆行したような歌詞。
リスナーの皆さんは、どう思われます?
この、アンバランスな校歌を。
もし、第2の校歌を作る、という案が出たら、賛成しますか?
……やんなっちゃうな。
また、丸投げしてる、わたし。
ほら、自分で答えを出さないで、リスナーさんとか、意見を『だれか任せ』にしちゃうこと、多いでしょ、わたし。
責任放棄というか……自分で考えることを、すぐにあきらめちゃうというか。
思い当たる節(ふし)が、ワンサカ。
ラジオで、だけじゃなくって。
他人(ひと)とのいろんな関わり合いのなかで……さ。」
× × ×
『自覚があったんですね、板東さん』
思わず、そう言いたくなった。
当然、言ったとしても、いま・ここで板東さんには、伝わらない。
録音のなかでしゃべってるひとに語りかけても、どうしようもない。
板東さんの声は、一方通行だ。
……それでも、彼女が、自分自身の『丸投げ体質』を反省していることがわかって、ぼくはうれしかった。
うれしかった、というのは――ちゃんと自分自身を省(かえり)みれるということを、録音を通して、ぼくに示してくれたから。
上から目線だけど――KHKの会長としての資質を、もう、疑う余地もない。
板東さんに、ついていける。
GW明けの新たなる活動が、いまから楽しみだ。
――そしてノックの音。
『ごはんできてるわよー』
姉の声。
再生を停止して、ドアへと向かう。
いっしょに階段を下りていたら、姉が、
「……ヤケに幸せそうじゃない? 利比古」
「……かもね」
「否定しないってことは……すこぶるハッピーなのね」
「そうだよ。ハッピーだよ。『すこぶる』がつくかどうかは、わかんないけど」
「心の底から気分が良さそう」
「たしかに」
「ルンルンじゃない。……ひょっとして、女の子から、」
「それは断じてない」
「……わかりました。」