はい!
きのうに引き続いて、あすかです!
日曜日!
なんといっても、日曜日!!
× × ×
読書をしていたら、流(ながる)さんが通りがかって、
「日曜の朝から読書なんて、偉いね、あすかちゃんは」
「それほどでも」
「読書量、増えた?」
「それほどでも」
「ハハ……」
文庫本に、しおりを挟んで、
「まぁ――日曜朝から仮面ライダーとか戦隊ものとかをいい歳(とし)して観たりしてる『誰かさん』とは違うんです」
流さんは苦笑し、
「『誰かさん』って、どう考えたって、アツマのことじゃないか」
「なんなんですかねぇ、兄は」
現在、兄は大画面のテレビで、ニチアサのキッズ番組を楽しんでいる。
まだふたりとも幼かったころ、きょうだい一緒に画面の前でプリキュアを応援していたのは、遥(はる)かなる過去。
とっくの昔に、プリキュアなんてふたりとも卒業したはずなのに、
なぜか、兄だけが……プリキュアに『再入学』しそうな気配が感じられて、
とても、恐ろしい。
や、さすがにプリキュアにまでは、手を染めてないよね、お兄ちゃん。
……でもなんか、前に、日曜午前の小さな女の子向けアニメを時たま観てる、とかなんとか、カミングアウトしていた記憶が……。
『ミュークルドリーミー』?
たしか、そんな名前のアニメ…。
兄の趣味をとやかく言うつもりはないけど、
先が思いやられるよ。
まったく。
――さて、ソファで向かい合って、わたしと流さんは、お互いが最近読んでいる本のことなどについて、お話をしていた。
お兄ちゃんより断然有意義な時間を過ごしていると思う。
流さんには、お兄ちゃんにはない『知性』みたいなものがあって、そこが素晴らしい。
成熟してる。
成熟した知的生活を、営(いとな)んでいる感じがする。
頼もしい。
お兄ちゃんとは違う。
「――やっぱり、以前より、あすかちゃんが読書しているところを見かけることが、増えたと思うよ」
「そうだとしても、流さんと比べたら、わたしの読書なんて、まだまだですよ」
「謙遜(けんそん)しなくてもいい」
おもむろに、メガネを外して、メガネ拭きで拭きながら、
「部活をあんなにがんばっていて、さらには、バンド活動も掛け持っていて――そんな忙しさのなかにあっても、読書を欠かさない。
ぼくにはとても、真似できないね」
「――ほめられた」
「ほめずには、いられない」
そう言って、彼はメガネをかけ直す。
じっくりと、わたしの顔に視線を向けてくる。
それから、
「きみはほんとうに充実した青春を送っていると思う」
「はい」
「だけど、ね」
「え?」
「きみについて、気になることが……ふたつあるんだ」
「ふたつ……?」
「ひとつめは、いろいろなことをがんばりすぎて、くたびれてしまうんじゃないか、ということ」
「がんばった反動で、消耗、ですか」
「きみは……簡単には、へこたれないとは、思っているけれど。
それでも、疲れたと思ったら休むことの大切さも、忘れないでいてほしいし。
ぼくのほうでも――、気づかってあげるというか、『消耗してるなぁ』と思ったら、できるだけ――声をかけてみたいという、心積もりでいるから」
「心配してくれてるんですね」
「心配しないわけないよ」
「――お兄ちゃん以上に、お兄さんだ」
わたしのその言葉に、彼は少しだけ照れる。
「だって、わたしの愚兄(ぐけい)は、流さんみたいなこと、言ってくれないし」
「それは、アツマが不器用なだけだよ」
「不器用すぎて、肝心なことが言えないのも、問題」
「……そこがいいんじゃないか、あいつは」
彼のその言葉を、わたしは保留して、
「――気になることの、もうひとつは?」
「……急(せ)かすね」
「急かしますよ」
「……もうひとつはね。
たぶん去年の今ごろ、愛ちゃんにも、同じような話をしてた記憶があるんだが、
きみも、もう――高校3年だ。
つまりは――きみの進路設計が、どんなものなのかな……と。」
進路のことは、お兄ちゃんにも訊かれた。
お兄ちゃんだけじゃなく、流さんも、わたしの進路を気にしている。
あたりまえか。
気にしないほうが――ヘンだもんね。
流さんの性格的にも。
長いつきあいなんだから。
わかって当然。
心配性だってことも。
「大学のこととか……調べてる?」
お兄ちゃんとまったく同じことを言ってくる。
いずれ訊かれるだろうと思っていたから、動じない。
「まだです。これからです」
彼のほうが慌てた感じで、
「いろんな……受験形態が、近ごろは、あるから。
入試のシステムぐらいは、いまのうちから……知っておいたほうがいいよ」
わたしの『作文オリンピック』銀メダルの実績を、念頭に置いているんだろう。
銀メダル、という実績が、入試に活用できることぐらい、とっくに知っているし。
活用できるなら――活用しないのは、もったいないのレベルを通り越していることだっていうのも、認識済み。
自(おの)ずと、動き出すのが、早くなる――動くタイミングが、一般入試より早めになりそうなのも、自覚している。
「――心配性。流さん」
気をつかっているのが、わかっているからこそ、
こういう言葉が、飛び出てしまう。
「あすかちゃん……」
「流さんは――間違いなく、心配性だから」
困ったように、
「自然の成り行きだよ……心配をしちゃうのは」
「流さん、」
「……」
「心配性が悪いことだなんて、わたし全然思ってないです」
眼を見張って、
「それは……」
わたしは言う、
「――心配性なのもひっくるめて、流さんは素晴らしいんだと思うんです」
「……素晴らしいって、どういう?」
「うまく説明できる自信は、実はなくって」
だけど、
「とにかく素晴らしい――それで、いいじゃないですか」
納得なんて、求めていない。
素晴らしい、って言うことが、称賛になっているのか、おぼつかない。
ただひたすら、わたしは笑う。
笑顔になって、元気で居続ける。
彼の困惑に向かって、
「将来のことなら――これから、いくらでも話せます」
「あすかちゃん、ぼくは――」
「――力(りき)まないでください」
そう言うと、
なんて言葉を返したらいいのか、わからなくなってきたご様子で。
まだ、戸惑いのなか。
もっと、攻めていける。
「楽しい話を、しましょうよ。
せっかくの大型連休なんですよ?
楽しまなきゃ。
世知辛いのは、後回しで。
いろいろあるんですよ? 流さんに、話し足りてないことが。
スポーツ新聞部のこともそうだし、バンド活動のことだって。
面白いこと、いっぱいいっぱいあるから、しゃべらなきゃ、気がすまないぐらい。
聴いてくれますよね?
聴き上手なところも――流さんの、素晴らしさだから」
ふぅ、とため息をついて、
「聴き上手になるしか……ないみたいだね」
流さんは、わたしに白旗を揚げたのだった。