さぁて、エラいことになったぞぉ。
妹が『作文オリンピック』で銀メダルになったのは凄いことだが、このあとが大変だ。
「戸部あすか」という名前が、公衆に晒されるわけで。
あすかのことが、拡散していくのが、怖いんだ。
――言っちゃあなんだが、あすかは、
『戸部良馬と戸部明日美子の娘』なわけで。
早逝(そうせい)した大学教授と、出版界における有名人の娘。
好奇の眼で見られないか。
おれは、妹のことが心配なんだ。
× × ×
仮面ライダーを観ながら、今後のことについて思いを巡らせていたら、ヤクルトを飲みながらあすかがおれのソファに近づいてきた。
「日曜朝の特撮に夢中になるとか、お兄ちゃん小学生に戻ったみたい」
なんだその煽(あお)りは。
朝から、威勢(いせい)がいいのはいいが。
「――プリキュアも観てたの?」
「観てねーよ」
…妹がいつプリキュアを卒業したかとか、しょうもない雑念がたちまち浮かんできた。
プリキュアと『作文オリンピック』は関係ねーだろ。
思考を軌道修正させつつ、
「朝から元気があっていいな、あすかは」
「絶好調だよ。――絶好調というか、幸せ、って感じ」
幸福感で胸がいっぱいか。
まあそうだろうな。
「公式サイト向けのコメントを考えなきゃいけないから、そこはちょっと大変だけどね」
「そうかー」と相づちを打ちつつも、おれは話すことは話さなきゃならんと思って、
「あすか、おまえ有名人になる可能性があるぞ」
微妙な間があいた。
しかし、落ち着いたしゃべり方で、妹は、
「うん……そういう可能性のことは、わたしでも考えた」
「……チヤホヤされることも、おまえのリスクになるかもしれないから」
「そのことなんだけどさ」
妹はソファの裏側に立って、
「お母さんの出版仲間から連絡が来たみたい。守ってくれるって。邸(ウチ)に、マスコミの取材攻めとか――そういうのからは」
「邸(ここ)まで追いかけてくるかなぁ」
「わかんないよ。どこから情報を嗅(か)ぎつけてくるか、って話だし」
「そうなるとみんな迷惑だなあ」
「そういう事態に発展しなくても――有名人になる、じゃないけど、わたし個人にガンガン取材がくるとか、無きにしもあらずだから」
「そんなのは面倒だな」
「はっきり言って、ね――でも、お母さんのコネクションのおかげで、そっとしておいてもらえるみたい」
「母さんさまさまだな」
「銀メダルを取ることができたのも――お母さんのおかげだから」
お?
「母さんに助言をもらったとか?」
「助言のほかにも――いろいろくれたんだ」
ほー。
「母娘(おやこ)愛、ってやつだな」
「そういうこと……」
「なにゆえ照れくさそうな顔になってるんだ?」
「秘密っ! いろいろあったんだよっ」
やれやれ。
おれはテレビをつけたまま、ソファの隅っこに置いてあった雑誌を取って、パラパラとめくり始めた。
「お兄ちゃん、テレビつけっぱなしのままだよ」
「おまえが観たい番組があるかと思って」
「そんなのないよ。…しょうがないんだから」
あすかがテレビを消した。
おれは寝転びになって、天井に向かって雑誌を突き上げて、記事の文章に目を通し始めた。
「――そういう体勢って、けっこう疲れない?」
いつの間にかあすかはソファに座っている。
「そう思うだろ妹よ。だがおれは普段トレーニングで鍛えているから、この姿勢をキープできるんだ」
「あきれた」
おれの読んでいる雑誌に、興味を示したらしく、
「どんな雑誌それ。――『開放弦』? もしかして、ギター雑誌?」
「惜しい! 音楽雑誌だが、ギター雑誌ではない」
でもロックバンドでギター弾いてるんだし、こういう雑誌に興味しんしんにならないわけないよなー。
「ギンさんに教えてもらった雑誌なんだ」
「ギンさんから借りた、とかじゃないでしょうね」
「借り物なわけないだろ。借り物をこんな姿勢で読まない。自腹だ」
「ロッキング・オン・ジャパンみたいな雑誌?」
「近いな。近いが、惜しい」
「…2万字インタビューとか載ってるわけじゃないんだ」
「架空2万字インタビューなら載ってたがな」
「大丈夫なの…それ!? 妄想で書いてるってことでしょ? ずいぶん自由なことするんだね、その雑誌のひと。自由というか、捨て身じゃん」
「ギンさんはそこが気に入ってるんだとよ」
「……あとで読ませてもらってもいい?」
「もちろんよ。編集者のキャラも立ってて、楽しいぞ」
「売上、大丈夫なのかな?」
「そこは知らんが、ギンさんは購読し続けている。おれも買った」
「売れてる根拠にならないでしょ…」
読者投稿欄に目を通し始めるおれ。
ふと、思い立ち、
「あすかは――まだ高校2年だけど、」
「?」
「将来、どんな仕事につくか――とか、まだ考えない、か」
「まだ早いよ。それに、お兄ちゃんのほうが真剣に考えるべきことじゃん」
「ぎくっ」
「とぼけない!」
相変わらず、厳しい妹だ。
「――まぁ、おまえにとってはまだ早いんだろうけど。
例えばさ。
編集者になってみたいとか――思わないのか?」
うーむ、と思案顔になりつつも、
「編集者は――ちょっと違うかも」
「どして?」
「それは…お母さんの、後追いみたいで」
なるほど。
そう思ったりは、するわなー。
「別に”2世編集者”でもいいだろ」
「でもねえ、なんか違う気がするの」
「じゃあ新聞記者は?」
笑って答えない妹。
「新聞記者も違うのか?」
「――具体的な職業とかは、まだ考えないよ。
だけど――今回の銀メダルは、将来設計を意識する、いい機会になったのかな。
お兄ちゃんも、少しは将来設計、意識してよね」
「……ミュークルドリーミーの時間か」
「はぁ!?」
なに話を横道にそらしてんのこのバカ兄貴……と冷たい眼になっている妹。
「”夢”がテーマなんだ。サンリオのアニメだ」
「お兄ちゃんが観るようなアニメじゃないでしょっ」
「毎週観てるわけじゃない。2週か3週に1回ぐらいだ」
「でも観てるんじゃん!! オタクなの!?」
「…おまえの世代でサンリオといえば、ジュエルペットだが」
「わたしがいちばん好きなのはシナモンだよっ、ど~でもいいけどっ」
「…あすかがジュエルペットを卒業したのは、いつだったか。」
「覚えてるわけないじゃん」
「『ジュエルペットサンシャイン』を兄妹揃って観た記憶があるが」
「なんでそんなこと覚えてんの!?」
「――知ってるか? サンリオの社長が代替わりしたそうだ」
「どうでもいいでしょっ!!! いっそのことサンリオに就職したら!?」
……銀メダル祝いに、
あすかをピュー◯ランドに連れて行く、というプランが急上昇してきたぞ。