新田くんと秋葉さんが、『ホリミヤ』というアニメについて話している。
「いや~、ようやく観終えましたよ」と新田くん。
「原作は、読んだのかい?」と秋葉さん。
「まあ、いちおう」
「読んだならわかるだろうけど、アニメ、原作の漫画から削ったりもしてるよね」
「そうでした。削ってました」
「まあ、ワンクールだと、端折(はしょ)らないほうが無理…」
「…長い原作を無理やり端折って、悲惨なことになったアニメもありましたけど」
「『ホリミヤ』はそんなことなかったでしょ」
「編集、っていうのか、構成、っていうのか……たしかに、不自然ではありませんでしたね」
「『俺たちの戦いはこれからだ!』的なエンドでもなかったし」
「ただ、アニメ版でひとつ気になるのは――」
「どこ?」
「オープニングのイメージが、暗い、というか、シリアス、というか――」
「あぁー、まぁね」
「本編――宮村くんの抱えてるものを描写してるところは、たしかにシリアスなんですけど、コメディ色のほうが、圧倒的に上回ってるので」
「アニメスタッフの解釈違い、ってこと?」
「『解釈が違う』と思った、というよりも、『なんでこういうふうに原作を解釈したんだろう?』と不思議に思って」
「その、不思議さは――」
「まだ、解消されてないですね」
語るなあ。
わたし、自分の趣味、こんなに語られるだろうか……。
……とか思っていると、
秋葉さんが、わたしを、ルンルン♫ と楽しそうな表情で見て、
「――貸そっか? 羽田さんに、『ホリミヤ』の単行本」
「え、わたしに、ですか」
「なんだか、興味深げだったし」
……どうしようか。
3年生の先輩の頼みは、断りきれない。
「巻数多いから、3回に分けて貸すよ」
……あ、貸すのが既定路線なんですね。
「こんど持ってくる」
「はい…」
「…全巻読み終わったら、いちばん好きなキャラを、教えてほしい」
「ぷ、プレッシャー、かけますね」
「プレッシャーとか、大げさだなぁ」
絶やすことのない微笑みで、わたしの顔をじ~~っと見てくる秋葉さん。
そんな秋葉さんに、
「秋葉さんも、『ふとっぱら』ですね」
と、悪気(わるぎ)なく言う新田くん。
でも、
「――仮にも女子であるわたしに、『ふとっぱら』とか言うもんでもない」
秋葉さんは、静かに新田くんをたしなめる。
「あ、あ、すみません、失礼でした」
穏やかさを保ちつつ、
「わたしは――怒ってないよ」
と秋葉さん。
「人によりけり、ってやつ。烈火の炎のごとく怒り出す女子だって、たぶんいるから、今後は気をつけたほうがいい」
「はい……」
「うん、わかればよろしい」
微笑ましいやり取りだ。
…それで、わたしは秋葉さんに、『単行本は、全何巻あるんですか?』と訊こうと思っていたら、
そんなとき、
大井町さんが、サークル部屋に入室してきた。
「大井町さん、こんにちは」
扉の近くにいたわたしが声かけすると、
「こんにちは」
と控えめにあいさつを返してくれる。
わたしから椅子ふたつぶん離れた席について、
大きめの肩掛けバッグを開いて、
スケッチブックを取り出す。
そういえば、この娘(こ)、絵本作家志望だったな……。
お絵描きする態勢に、いまにも入ろうとしている大井町さん。
彼女の手元に、眼が行くわたし。
手元に向かうわたしの視線を察知したのか、
恥ずかしそうに、お絵描き態勢を放棄して、隠すように――両手でスケッチブックを抱えてしまう。
――恥ずかしがり屋?
あえて、わたしは、積極的に、
「隠そうとしなくたって……いいじゃない」
と、攻めてみる。
「堂々と描(か)いてごらんよ。新田くんなんて、自分が描いてるもの、いつもオープンにしてるよ」
いつの間にか、新田くんはノートを開いて、そこに鉛筆でなにやら描きこみまくっている。
「――おや、構想を練ってるのかね」
新田くんの近くの席の秋葉さんが、堂々とノートをのぞきこんで言う。
「こういうキャラ絵を描いてるとなると――学園ラブコメ想定かい?」
「当たりです。学園ラブコメ想定、です」
「『群像劇』、って、ずいぶん大きな文字で書いてんね」
「群像劇、好きなんで」
「『ホリミヤ』にも感化されたんだろう?」
「否定は、できないです」
盛り上がってるなー、あっちは。
「――彼みたいに、オープンにするのがイヤなら、クローズでもいい。
でも――、『できれば、オープンにしてほしいな~』っていうほうに、わたしの本心は……大きく傾いている。
無理に、『見せて!』とか言わないよ。
だけど、大井町さんには……もっとみんなに、心を開いてほしいかな」
ずいぶん、説教じみてしまった。
無言で、大井町さんは、鉛筆を手にとった。
そして、
なぜか、新田くんと秋葉さんがダベっている方角に眼を向けながら――、
お絵描きを、開始した。
「――あのふたりをスケッチしてるの?」
思わず、訊いてみると、
手が止まって、一気に鋭い眼つきに変わったので、
「ごっごめん――そっと、しておくね。あなたのジャマをしないように」
慌てて、取り繕(つくろ)うしかないわたし。
× × ×
ぼーん、と、仰向けでベッドに乗っかる。
腕と脚を伸ばしたまま、天井に向かって、きょうのセルフ反省会をする。
あしたから、長い連休――。
とうとう、大井町さんと、イマイチ通じ合えないまま、4月も終わってしまった。
サークルの1年生女子は、わたしと大井町さんだけ。
距離を縮めたかったし、縮まっているべきだった。
縮まっているべきだったのに、あまり縮まらずに、ゴールデンウィークを迎えてしまった。
しくじっちゃった。
責任は、わたし、か――。
手ごわい。
折り合うことが、難しいタイプ。
「――難儀な娘(こ)なんだな。」
独(ひと)り、つぶやく。
『おまえのほうが難儀だろ』ってツッコミは、ナシ。
いかにもアツマくんが言いそうなこと。
アツマくんに相談しても、ややこしいことを言われそうだから、
今回は、わたしだけで、なんとかしてみたいところ。
仲良くなりたいもの、ね。
どこかに、大井町さんを誘ってみたい。
大井町さんが、喜びそうな場所に。
GW中に、目星をつける。
時間は、たっぷりとある。
誘ったことが、裏目に出るとか……そんなことは、一切考えない。
やる前から弱気で、どーすんの、って感じ。
裏目に出たら……そのときは、そのとき。