郡司センパイと松浦センパイが、サークル部屋で雑談している。
松浦センパイの地元の話題になって、
「松浦は、広島出身だけど、別にカープファンというわけでもないよな」
郡司センパイが言う。
そうなんだ。
地元球団だけど、カープ愛、ないのか、松浦センパイ……。
わたしがいつも髪を切ってもらっている、美容師のサナさん。
彼女が遠距離恋愛をしている彼氏さんは、実家のある広島県に住んでいる。
そしてサナさんの彼氏さんは、熱狂的なカープファン。
土着(どちゃく)の球団にかける情熱が……すごいらしい。
サナさんの彼氏さんみたいなひとがいる一方で、松浦センパイみたいに、同じ広島県出身者でも、地元球団にドライなひともいる。
郡司センパイの言葉をうけて、
「…広島県民全員がカープを応援してるとか、そっちのほうが不自然だと思うんだが」
松浦センパイは、広島県イコールカープ、みたいな風潮に異議を唱える。
「上京して大学入ってからさ、『広島出身だ』って言うと、必ずといっていいほど言われるんだよ、
『カープ好き?』『カープファンなんでしょ?』『カープ最近強くなったよね』『カープ女子ってどんな感じ?』『マツダスタジアムとかよく行ってたんでしょ』
みたいに……!
『広島といえばカープ』っていう認識、ほんと勘弁してくれよっ!」
お好み焼きとか――広島を代表するものは、カープ以外にもいろいろあると思うけど。
セ・リーグの某球団を応援しているわたしとしては――やっぱり、広島といえば、いの一番に、カープが浮かんでしまう。
「ちなみにおれはサンフレッチェの贔屓(ひいき)でもない」
Jリーグに関しても付け加える松浦センパイ。
徹底してる。
「マッツンは徹底してるねぇ、そういうとこは」
わたしと同じことを思ったのか、漫画本棚の下のソファでごろ~んとしていた、3年の日暮さんが、会話に入ってきた。
日暮さん――彼女は、あだ名呼びをすることが多く、松浦センパイに対しても、『マッツン』と呼んでいた。
そういえば。
「カープといえば」
わたしも、口を開いて、
「カープの野村祐輔って、たしか倉敷市出身――そうでしたよね? 日暮さん」
「よく知ってたね。羽田さん、物知り」
選手名鑑を隅から隅まで読んでるわけじゃないけれど、それぐらいの知識はある。
「倉敷には――マスカットスタジアムもある」
「そんなことまで知ってるんだ。物知りってレベルじゃないね、羽田さん」
「えっ、有名では? 日暮さん」
「――意外と認知されてるんだ」
「わたしが野球好きなのも、ありますけど……」
「――倉敷出身の野球関係者で、いちばん有名なのは、星野仙一」
「……はい」
岡山県倉敷市出身の日暮さんは、からだを起こし、苦笑いの表情で、
松浦センパイに向かって、
「……おれはJリーグを知りませんが、それぐらいは、把握してます」
「あと、岡山が本拠地で、有力なのは、バレーボールのシーガルズぐらいかな」
「……そうみたいですね」
「マッツンさぁ」
「はい?」
「せっかくさ、広島は岡山と比べて、プロスポーツ充実してるんだからさ、
もっと、カープやサンフレッチェがあることに、誇りを持ってもいいと思うよ」
「もっと……地元愛を持て、ってことですか」
「広島市だって、大都会じゃん」
「東京(ここ)と比べれば、全然……」
「岡山市と倉敷市が合併でもしないと、広島市に太刀打ちできないよ」
「……ホントですか?」
日暮さんは、松浦センパイの『ホントですか?』をスルーして、
「あーっ、でも、広島は民放テレビのチャンネル4つしかないな。
岡山は、民放5つ視(み)られるから、テレビだと、わたしの地元はマッツンに勝ってる」
「そこを比較するんですか……」と、呆れたような松浦センパイ。
そうか。
広島より岡山のほうが、テレビのチャンネル、多いんだ。
「お国自慢的な方向に、話が行ってしまったな」
言う郡司センパイの出身は、神奈川県。
「――言ってましたよね、郡司センパイ。『ハマスタには、足を踏み入れたこともない』って」
「ああ。羽田には申し訳ないんだが、ベイスターズは、かなりどうでもいい」
「別に申し訳なくなんかありませんよ」
「羽田が寛容でよかった」
「……これだけ今季低迷してたら、長年のファンのわたしだって、どうでもよくなっちゃうときも、ありますよ……」
「きっ、気持ちを沈めるな、羽田っ」
自分の贔屓球団ともども、ダークサイドに落ちていく前に、
未然に、気を取り直して。
「プロ野球に比べて、Jリーグはあんまり観ないんですけど。
――神奈川県は、6つもJリーグチームが、あるんですよね」
「おれの地元――6つもあったのか!? Jリーグチーム」
「地元であっても把握できないのも、致し方ないと思います」
「フロンターレ忘れてますよ」
「あっ! 不覚」
「――やっぱり、多すぎるのかな」
残りの2チームを、わたしは教えた。
「過去には、『ヴェルディ川崎』も、『横浜フリューゲルス』も、ありました」
「詳しいんだな。視野が広いんだな」
「視野、ですか?」
「野球だけでなく、サッカーの知識も豊富――」
「豊富ってほどじゃないですって。さっきも言ったように、Jリーグあまり観ないですし」
野球と比べたら、甘い知識。
「横浜DeNAベイスターズの試合なら毎日観てますけど、ヒマなときにしかJリーグの試合は観ません。試合時間、けっこう被(かぶ)るし」
それに。
「わたしの知り合いのほうが、よっぽどJリーグマニア――、
中学・高校の先輩なんですけど、なぜか九州地方のJリーグにとっても詳しいってお方(かた)が、いらっしゃいます」
「へ、へええ」
「世界は、広くて」
「……FC東京、か? 羽田にとっていちばん身近な、サッカーチームは」
「そうではありますが、本拠地が住んでるところの近所である、ということのほかには、特になにもありません」
「住んでるところ――お邸(やしき)、か」
「ハイ。きのう話した、お邸(やしき)です」
「羽田のお邸(やしき)には……」
「?」
「……テニスコートが、ありそうだよな」
「ありませんっ」