えーっと、
新年度だし、
自己紹介、するべき?
しよっか。
わたし、羽田愛。
18歳。
11月14日生まれ。
身長160.5センチ。
趣味は、読書と音楽鑑賞と、それからいろいろ。
特技は、お料理と、ピアノと、そのほかにも……やっぱりいろいろ。
で、
きょうから、大学生。
『花の女子大生』なんて……古すぎるよね。
昭和じゃなくて、令和です。
私服で学校通うのも新鮮だけど、
わたしは中高一貫の女子校出身なので、
男の子といっしょの教室で勉強するのも、
超久々。
違う世界に――入っていくみたい。
× × ×
入学式会場をあとにしたわたしは、本部キャンパスの喧騒(けんそう)のなかへと向かっていった。
どんなサークルがあるのかな、って。
高等部時代部長まで務めた文芸部とは、違ったことがやりたいな。
せわしなく、ビラがどんどん配られてくる。
テニスサークルが、多いみたいだけど……。
ほんとにテニスに真剣に取り組んでるのかしら?
『そうではない』という噂が、どこからともなく耳に入ってきていた。
チャラチャラしてるらしい。
――わたし、スポーツも好きで、
テニスもけっこう得意なんだけど、
スマッシュ一発で、こういったサークルを黙らせられないかしら。
ま、そんなことしたら、目立ちすぎちゃうな。
あとで、穏便にビラを捨てよう。
異様なサークル名が書かれた立て看板が、眼にとまった。
――どういうこと?
漫研って、たぶん、漫画研究会。
でも、『ときどきソフトボール』って、いったいなに。
その『漫研ときどきソフトボールの会』のブースに座っていた女の人と、眼がバッチリ合ってしまった。
大人っぽい人だ。
大人のお姉さん、って感じ。
何年生なんだろう。
わざわざ、胸に名札をつけている。
『有楽碧衣
(東京都江戸川区)』
――気がつくと、彼女の前に、わたしは着席していた。
吸い込まれるように。
『漫研』という要素にも、『ソフトボール』という要素にも、引き寄せられて。
「ようこそ」
彼女は朗らかにあいさつ。
「こんにちは。……えっと、ここは、いったいどんなことするサークルなんでしょうか?」
わたしから訊いた。
「サークル名のとおり。基本的には、サークルのお部屋で漫画読んだり。で、からだを動かしたくなったら、ソフトボールを楽しむ」
へえぇ……。
「ゆるく楽しめるサークルだよー、ウチは」
わたしは名札をもう一度見て、
「あの、お名前の……読みは」
「あーそうそう、ふりがな、ないから読めないよね。不親切でごめん。
『うらく あおい』」
有楽碧衣(うらく あおい)さんか――。
「とりあえずこの紙に名前とか書いてってよ。個人情報は悪用しないから。アンケートもあるから、よかったら記入して」
言われるがままに、名前と連絡先を書いていく。
「あなた、字がキレイね」
「…ありがとうございます」
「羽田さん、かー」
「はい…」
「字もキレイだけも、顔もキレイだね」
「!?」
き……気を取り直して、アンケートに答えようとするわたし。
『好きな球団』という項目が、真っ先に眼に飛び込んできた。
もちろん、
と記入する。
『好きな漫画』。
う~ん、
漫画は、小説より、ぜんぜん詳しくないんだけど、
少し迷って、
『大甲子園』
と書き入れた。
お邸(やしき)の書庫にあった漫画で、『ドカベン』の続編である。
有楽さんはアンケート用紙を見るなり、
「あなたもベイスターズファンなの!?」
「えっ、そんなに喜ぶってことは――」
「そうよ。ベイスターズひとすじ」
最高だ!
いきなり、ベイスターズファンの女子のセンパイと出会えた……!
ぜひ、この場で、ベイスターズを熱く語りたくなってきたのだが、
「『大甲子園』とは、渋いねえ」
有楽センパイのとなりに座っていた、恰幅(かっぷく)のいい男の人が、割って入るようにして、『大甲子園』に興味を示してきた。
『久保山克平
(鳥取県出身)』
という名札が見える。
鳥取県出身なんだ。
「久保山(くぼやま)くんっ、アンケートをのぞきこまないでよっ」
「あ、悪いな、有楽。だけど、のぞいてしまったものは、仕方ない」
「――ほら、新入生の子が近づいてきてるよ。幹事長なんだから、ちゃんと応対してよ」
ほんとだ。
ブースの前に、入学式終わりと思われる、スーツ姿の男の子が、立っている。
そして――、
わたしは、その男の子に、見覚えがあった。
「……脇本くん?」
「えっ――」
と、その男の子はビックリしてるけど、
「脇本くんだよね。去年、夏休みのセミナーでいっしょだった。脇本浩平(わきもと こうへい)くんでしょ」
さらにビックリして、
「僕の名前……おぼえてたの!? しかも、フルネームで」
「脇本くんも、同じ大学だったんだね!」
「きみの名前は……たしか……」
「羽田愛」
「――そうだ。羽田さんだ」
「運命の再会か――まさに、漫画だな」
「久保山くん、うまいこと言ったと思ってる?」
「だって有楽、これは漫画的だろ」
タハハ……。
× × ×
去年の7月末に、都内某所で、読書をテーマとした高校生のためのセミナーに参加した。
脇本浩平くんも、それに参加していたというわけ。
休憩時間に会話したりしたから、おぼえてないはずがない、というわけ。
詳しくは、過去ログで――、
というヒマもなく。
「脇本くん、漫画も好きなの?」
「うん、漫画もね……」
脇本くんの向かい側の久保山幹事長が、
「漫画に興味があって、このブースに気づいた感じかな?」
「はい、そうです」
「それは大歓迎だよ~~」
「はは……」
「しかも、奇遇にも、むかし知り合った『彼女』が、ふたたびそばにいる」
「久保山く~ん、調子に乗っちゃダメでしょ~?」
圧力のある声で、有楽センパイが、久保山幹事長をたしなめた。
「なんでもかんでも、漫画みたいに考えるんだから」
「……うむ」
「うむ、じゃないでしょ。脇本くんに、ちゃんとサークル説明してあげてよ」
わたしは、
「脇本くん、このあと、ちょっと話そうよ。せっかくだし」
「えっ、羽田さんと!?」
「いろいろ、知りたいし」
「知りたい、って…」
「気後れしないで☆」
「……」
だんだん、楽しい気分に。
しかし……雰囲気にまったく似つかわしくなく、まさに『水を差す』といった感じで、
いきなり、ポケットに入れたわたしのスマホが、ぶるぶる振動し始めた。
わたしは即座に着信を止める。
「……電話じゃないの? 羽田さん」
脇本くんが訊く。
「そう。着信。
……最悪のタイミングで電話かけてくるんだから」
思わず、余計にも、
「アツマくん、いろいろ把握してない。もっとわたしのスケジュールのこと、頭に入れておいてよ」
余計に余計を重ねて、
「張り切って叩き起こしてあげたのが、バカみたい」
「……アツマくん??」
久保山幹事長が不思議そうに言った。
有楽センパイも、眼を丸くしている。
あっちゃあ……。
「――もしかして、セミナーのとき、帰りにきみを迎えに来てた男の人からの、着信だったの?」
「――そのとおりよ。脇本くん」
「『叩き起こした』って、羽田さん、あのひとといっしょに、」
「誤解を招いちゃいけないから……脇本くんには、あとでなにもかも説明してあげるわ」
心の中がザワついているわたしを、
有楽センパイが、じーーーっと凝視する。
「『アツマくん』、か……もう、覚えちゃった。」
「お、おぼえなくったって、かまわないですっ」
……有楽センパイと久保山幹事長が、ニヤリと微笑み合う。
なにも言ってくれないのが、ダメージを大きくさせる……。
大学入学早々、
『いつものパターン』が炸裂。
『いつものパターン』とは、つまり、
わたしとアツマくんのあれやこれやが、露見(ろけん)するというか……なんというか……。
わたしは、わたしの恋人に、
絶対に、折り返しの電話で、『バカ!』って言ってやることを、
固く、心に誓ったのだった。
あっ、